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月に隠す

○ ホテル前(夜)
パトカーが赤と青の光を回転させながら停まっている。冬の夜、吐く息が白く空に溶ける。遠くでサイレンの音が途切れ途切れに響く。

○ 同・喫煙所(夜)
灰皿を見つけると神崎 漣(かんざき れん)がタバコに火をつける。
暗闇の中、炎が小さく弾け、漣の顔をかすかに照らす。
神崎(M)「月に立つのは夢物語さ」
漣の視線の先、記者らしき若い男が足早に通り過ぎる。無言のまま、彼は去る。
神崎、手のひらにタバコを転がし、煙をゆっくり吐き出す。
神崎(M)「事件が起きても誰もが記者になる。だから本物の記者は立ち止まらない……アイデンティティが揺らぐからさ」
まばらに明かりが灯るホテルの窓を見つめる。暗がりに、かすかに揺れる影。
神崎(M)「タバコが吸えるうちに……そう願っているうちに叶わない夢になった」
一口吸い、タバコの先をじっと見つめる。
炎が小さく揺れ、真実を探すような視線。
神崎(M)「本当に? 夢なんて、デタラメさ」
ぽとりとタバコの灰が落ちる。

○ 歩道・遠景(夜)
サイレンの音が輪唱のように響く。
神崎(M)「ホテルの光とパトカーを背に歩く。夜風にコートが揺れた」
彼の吐息が白く漏れる。静かな声が、誰にともなく零れる。
神崎「いい加減なことさ。パーカーを着て歩くことも、Tシャツを着て歩くことも……デタラメだ」
暗い道に、自販機がひとつ。神崎が缶コーヒーを買う。

○ 自販機前(夜)
プルタブを開ける音が響く。静けさに、その音だけが際立つ。
遠くのパトカーのランプが揺れ、夜はさらに深まる。
神崎(M)「結局、真実は誰かの中にある。君が信じたんなら、不安になるんだ。僕が信じたんなら、本当なんだろう」
口元に笑みが浮かぶ。だが、それはどこか虚しい。
神崎(M)「でたらめなくらい良いことは、ただ黙って笑顔を向けること――どうだか。気味悪がられるだけだ」

○ 街灯の下(夜)
神崎、ゆっくり歩きながらふと立ち止まる。
顔を上げると、雲間に隠れた月が見え隠れしている。神埼、月を見て、
神埼「いつからそこにいるのかわからない顔して見てるんだ?」
そう呟くと、
神崎(M)「いいことって何だろうな……? ただ真実をひた隠し黙ってる。それが一番だ。……でたらめだろ?」
遠くでパトカーのサイレンが小さく遠のいていく。神埼、月を見やると、
神埼「何も言わずそこにいるお前が一番嘘つきなのかもな」
神崎、灰皿をコンと叩いてタバコの火を落とす。新しいタバコに火を灯す音。一瞬だけ月が顔を覗かせるが、再び雲に掻き消されると、
神崎(M)「俺はわからず屋を、からかいにいくんだ。ちょっとしたポップソングを携えて……ひとりきりで今日は何になる?」
雲間にみるみる隠れていく月を見つめ、
神埼「好きに演じなよ? ヘイベイベー!」
じゅっと火をを消す音。
神埼、深く息を吸う。
神崎(M)「それはまるで煙の代わりに夜闇を肺に満たすようにして」
静寂と、闇に包まれていく中、最後の一言が静かに響く。
神崎「ああ…真実は闇の中さ」

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