わたしの本棚55夜~「月の落とし子」
☆「月の落とし子」穂波了作 早川書房 1800円+税
面白く一気に読みました。発想というか、ありえそうな話から入り、今、現在を予測したような展開は、ページをめくる手がとまりませんでした。
人間の進歩を証明するための有人月探査「オリオン計画」で、月面に立った宇宙飛行士が、未知のウイルスに感染する、という設定。近未来、ありえそうです。宇宙とインターネットはまだまだ未知の部分の多い領域であり、人間の思い描く以上のこと、起こりそうです。そして、それが未知のウイルスとの遭遇だったら・・・。
月面上で起こったウイルス感染による宇宙飛行士の死をきっかけに展開されるエンターテイメント小説で、5人の宇宙飛行士のうち、日本人の工藤晃だけが助かり地球へ生還します。飛行船のなかの緊迫した場面、専門用語もわかりやすく、ロシア人エヴァへの淡い愛情もせつなく、前半は怒涛の展開でした。
後半は、JAXAの管制官をしている工藤の妹茉由と感染症の専門家の深田の視点で物語は進みます。工藤晃の乗った 宇宙飛行船が日本の千葉県の船橋のマンションに墜落するという展開。政府の対応の早さに驚くと同時に、ウイルスは熱にも強く、墜落現場から拡散しだします。SNSでの中傷や人々の買い占め、パンデミックな状況はコロナ禍の未来を想像しているようでもあります。茉由と深田の二人に恋心が芽生えます。ラストはどうなるんだろう、とも思いましたが、なんとか希望のもてる終わり方です。みんな一丸となって、未知のウイルスに挑むようになる過程は、「つばさをください」の大合唱のくだりは、胸が熱くなりました。コロナ禍の今こそ、読む小説でもあり、パンデミックに陥ったとき、人を思いやる心、ワンチームの精神は、工藤晃の死とともに美しく描かれています。
第9回アガサ・クリステイー賞受賞作ですが、ミステリー小説というよりは、パンデミックを描いた娯楽小説といった感じでした。
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