小杉

知足を目指す文系大学生 人生の小さな痕跡、『帰家穏坐』はじめました。 本であったり、映画であったり、劇であったり、その身そのままの等身大で文章を書き連ねています。\

小杉

知足を目指す文系大学生 人生の小さな痕跡、『帰家穏坐』はじめました。 本であったり、映画であったり、劇であったり、その身そのままの等身大で文章を書き連ねています。\

最近の記事

連載決意の端書

何か連載をしよう。 では、まず誰を目的にする?普段映画を見ないような人?自分の経験を誰に知ってもらいたい?本当にそれはその人の時間を費やして読まれるに値するものが書けるのか? …という具合に高尚な風に悩んでしまうが、まず人に読み物を届けるときは、不特定多数の誰かよりも自分の身の回りにいる人を想像して、その人に書き届ける手紙のようなものが良い気がする。(仕事として本気で生業にしている方にはツッコミが止まらない考え方なのかもしれないが) しかし書くことを、文章を仕事にしようと

    • 御多分に漏れずに自分も就活のレールに乗る。これは当然乗れるレールがあるのだから使わない手はない。しかし、改めて自己分皙を行うとなると自分の行動の無意識の部分が占めていることを痛感させられる。だが、これは全くもって一般的な悩みの範疇に留まるものであろうが。自分がこれから先どのような道に進むのであろうか。大変見ものである。 己のピースを泥濘から一つ一つ掬い上げて、歪な「就活のための自分」を構築していくこのシステムが大変に面白い。だがその自分もあくまで「自分」である。どんな受け入

      • 幾星霜、それでもまた日は昇る

        自分の言葉を紡ぐことに不安を覚える。自分が考えていることの何%を言葉にできているのであろうか。止めどなく溢れてくる否定と肯定の交錯、それら押し寄せる言葉の波達を表現しきることのできない貧相な語彙と思考力。無知蒙昧の己との闘争。そんな一日が早く終わらないかと、祈るように目を閉じる。しかしまた日は昇り、目が覚める。嗚呼、腹立たしいほどに朝焼けが美しい。 メメント・モリ。死は最も近く、遠い隣人だ。