旅館の物件探し
彼の24歳の息子は、家元を出て淡路島で彼女と暮らしている。将来、旅館の経営をしたいという夢を持って淡路島の高級ホテルで勤務し、いよいよ地元に帰ってきて旅館を始めたいと計画している。
わたしが彼と出会った時には既に物件を探し始めていました。離れているので物件の偵察をするのはお父さんである、彼。あちこち見たり、手放したいと考えている旅館のオーナーに話を聞いたりしていた。
わたしも一軒、物件の内見に同行させてもらいました。11月に候補の物件が出たので、息子さんが彼女と帰ってきました。初めての対面だったけれど、ぱっと見、わたしの長男と似た部分があって、まるで他人のようには思えなかった。わたしのことはお父さんから聞いているし、わたしがカフェをやっていることにすごくリスペクトしていて「すごいなぁ…!」っていう目で見ているようだでした。
彼女が運転する車に乗せてもらって現地へ。わたしが後部座席に乗る時にはドアを開けてくれて、乗ると閉めてくれるという扱い方に感動。彼に話すと「あいつ、そんなことしたかぁ⁈」って言ってました。
長女とその彼も一緒に、しかしお父さんは近所の人に見られたら都合が悪いんじゃないか?という息子の配慮でお留守番。5人で見学に行きました。
高台で海は見えるが、老朽化と裏山の崖崩れが心配。入口の石の階段は激急勾配。建物も息子さんの理想とかけ離れていて、帰ってから家でケーキを突っつきつつ、どんな風にしたいかの話をみんなで話した。それは2時間にも及んだ。
息子さんは既に設計図を書いていて、一日二組で各部屋にお風呂があって海が見える設計だった。それだけ具体的にやりたいカタチがあるのなら、高い中古物件買うより新築した方がいいんだろうなぁ…って思いました。ただ!そんないいロケーションの土地が見つかるかどうか?が問題。
その後は物件偵察の連絡もなく、どうしてるんかなぁ?って気にしてました。
ちなみにその物件を内見した日、わたしは帰る予定にしてたけど、家のすぐ手前で崖崩れがあって帰れなくなりました。崖崩れの連絡を受けた時、彼は今回の物件はないなって思ったそう。その物件の裏山が崩れることを予告しているかのようだと。
物件の内見をしたのが11月の終わり。
新年を迎えて1/4のこと。お昼休憩で家に帰っていた彼が、午後の出勤に出ようと玄関の戸を開けると、背の高い警察が立っていて見下ろされた。隣の隣の家の、一人暮らしのおじいさんが亡くなっていたとのことで事情聴取をされたそう。デイサービスの人が正月明けに行ったら亡くなっていた…そんな感じの様子。電話でその話を聞いたわたしは、隣の隣の家ってどの家?って思ったけど、まだ馴染みがないので分からなかった。この日は同居の長女が外泊するから一人になるとのことで、急遽彼の家に泊まりに行きました。
次の日、彼は仕事なのでわたしは家で過ごしてました。熱中している編み物でレッグウォーマーを仕上げて、夕方にウォーキングに出かけました。玄関を出て、今日は海の方には行かない気分だったけど、そういえば昨日亡くなったっていう人の家はどこなんだろう?って思って見に行ってみました。
隣は板場(料理人)さんの寮、その隣がその家のはず…
って見てみたら、めちゃ海が見えるいいロケーション!!近くでほろっと出てくるんじゃないかと思ってたけど…息子さんが旅館するの、ここかぁ!!って一挙にテンションが上がった。
それで写真を撮って彼に「ここか?」って聞くとそうだって言う。でも全然ピンと来てない。
why〜? なぜ?
なので、既存の家を壊して息子さんが思い描いているものを建てたら最高じゃないか?と説明をしてやっと「なるほど」って。
警察が来てくれていち早く知らせてもらえたんだから、早く息子さんに教えてあげて!と、夜に電話をしてもらいました。わたしも代わってもらって、「○○くんがするのはココだ!って思ったで!」って話しました。息子さんは「僕にとってはすごくいい話だけど、人が亡くなってるから…」ってテンション低くて…。そのタイミングで帰ってきた長女にも話したけど、やっぱりテンション低い。なんでみんな素直に喜ばんのだろう?って不思議。
どうも一般的な人間というのは、人が亡くなってるから喜べないっていうのがあるらしい。それを消化するのに時間がかかるんだって、彼が説明してくれた。
だけどそんなことを言ってゆっくりしてたら、あんないい場所はすぐに誰かが借りてしまう。「満車の駐車場で空きを探してたら、目の前の車が出て行った」くらいのタイミングばっちりな出来事。人はいつか死ぬし、それがその人にとって「今だった」ってだけ。理解度の高いわたしと、それを理解しようとしている彼で動いて進めることにした。
彼は毎朝、仏壇にごはんと味噌汁を供えて木魚を叩きながらお経をあげている。事情聴取を受けた日の朝も、いつものように子どもを一人一人思い浮かべながらお経をあげていて、息子さんのことを思い浮かべた時に背後の部屋の隅から「ピーーーン」と大きな音が鳴って背筋がぞわーっとしたそう。この話は息子さんに電話してからだったかな?その時ではなくて、後で話してくれた。それって何か知らせてたんじゃないのかな?
彼の同級生に区の職員がいるからその人に連絡すると、関係者ですらまだ知らない情報だった。この一帯の土地は区が管理していて、すべて貸地。彼も土地代を納めている。なので区が管理することになるはずだと考えたのだ。その同級生は、また連絡すると言って切っていった。
それから5日ほど経って…その後、どうなったんだろう?って気にしていたら、今度は葬儀屋さんが間違えて彼の家に来たらしい。いちいち、経過を教えてくれているようで面白い。
息子さんは間取りなどを考えているようだし、わたしも「一階が駐車場で二階が客室で、三階にスカイレストランがいいね」言ったりして、彼も「いいねー!」って。「リラクゼーションルームを作ってって○○くんに言っといて」とか、半分冗談で言ってる。彼は息子の話とわたしの話で、「自分がカウンターに立って料理している姿がだんだん見えてきた」とワクワクが膨らんでいる。
会社という組織で働いていると、自分の「作品」を出すことが難しい。なぜなら他の人に指導しても、指示通りに盛り付けが出来ないほどの「作品」を考えるからだそうで。これからは世に出したかった「作品」をどんどん披露していってほしい。