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皆川城

以前から皆川城を東北自動車道から眺め、「いつか登ってみたい」と思っていました。しかし、夏の暑さを理由に避けていたものの、ついに登ることができました。

この城は、皆川氏の居城であり、1450年頃に会津田島から移住して築かれたものです。通常の居住スペースである居館部が平地にあり、緊急時に避難するための本丸が山頂部にあります。

山頂には一の曲輪、中央には二の曲輪が設置されており、曲輪を縦に分断するように竪堀が作られています。その螺旋状の構造から、「法螺貝城」とも呼ばれることがあります。

下から山頂を望む

戦国時代になると、皆川氏は宇都宮氏の圧力を受け、従属と離反を繰り返しました。小田原征伐の際には北条氏側について籠城しましたが、北条氏の降伏直前に徳川家康の仲介で豊臣秀吉に降伏することが許され、皆川広照は栃木城に拠点を移しました。その後、皆川城は廃城となりました。

現在では、標高147メートルの城山に皆川城址公園が整備されており、山頂までコンクリートの道が続いているため、比較的歩きやすいです。展望台からは、筑波山、大平山、そして錦着山といった美しい景色が広がり、晴れていればすばらしい景観です。

展望台からの景観

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