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人間のひだ

旅先のビジネスホテルで朝起きたらNHKのニュースを見ることが多く、今朝は特集で芸術作品のオークションを取り上げていました。

富裕層対象の閉鎖的な競りとは別のブロックチェーンを活用した新たな仕組みが若いアーティスト支援に繋がるという話はほとんど意識がいかず、取り上げられていた芸術のひとつ「人間のひだ」の名前が頭に残りました。

ググってみても「人間のひだ」について情報がないので、初稿段階では書けないのですが、「ひだ」という言葉にビビッときました。

「ひだ」は「襞」と書くそうです。

キノコの裏側にある、あの「ひだひだ」ですね。

若手だった頃、お世話になったプロデューサーから繰り返し指導を受けたのが「心のひだひだ」を意識して喋るということでした。

当時、担当していたラジオ番組『すみからすみまで 角淳一です』がヒットして、社内ではぶいぶい言わしていたであろうこの先輩。新人教育の講師にやってきて、このようにぶちかましました。

先輩「これなんや」
新人「灰皿です」
先輩「何のために使う?」
新人「タバコの灰を落としたり、吸い殻を捨てるためのものです」
先輩「そんなこと言うてるから、面白い番組作られへんねん!」

入社式から数日、アナウンサーを除いて誰もまだ配属先も決まっていない段階です。

先輩「文鎮の代わりでも、殺人事件の凶器にでも、何にでもなるやろ」

まったくの屁理屈ですが、若者よ常識に囚われるなと言いたかったのだと理解しています。

数年後、角さんが断った土曜午後の枠が、まだまだ若手だった私に回ってきました。

『MBSサタデーコネクション ノッTel 土曜日 子守です』です。

「次の異動で俺は動くから、最後にお前を育てていく」と、番組を立ち上げた、その先輩プロデューサーは言いました。

もちろん、B級アナウンサーだった私にはできていないことがてんコモリ!あって、毎週オンエア後は美味しい醤油焼き飯が喉を通らないほど叱られました。

その内容は? といえば、正直今ではさっぱり思い出せないのですが、「心のひだひだ」だけはずっと意識し続けてきました。

人が生きてきて、これからも生きていく上で、ひょっとすると本人でさえ意識していないかもしれない、その人の心のひだひだ。

ラジオを通じて喋るということは、リスナーひとりひとりの心のひだひだと向き合うことなのだと、叩き込まれました。

うわべだけの薄っぺらい話、自分を棚に上げたアナウンサー的な良識で話をまとめること、リスナーを個人ではなく塊(マス)でしかとらえていない送り手側の発想とは正反対の放送です。

実際、角さんの番組『すみからすみまで 角淳一です』は、マスを対象にしながら、リスナーひとりひとりの心のひだひだをテーマにしていました。

確か初回放送の電話テーマが「昨夜の後楽園球場、巨人阪神戦での掛布選手のスリーランホームランをレフトスタンドで見ていた方」だったと思います(wiki情報)。

何十万人もいるリスナーの中で、そのことを喋れるのは自分だけだと思い、忙しい中でも、携帯電話など持っていなくても、メールなんてできなくても番組に情報を寄せてくださる方がいる。そのことを信じて待っている制作者がいる。絶妙の間合いで話を深め、広げられるパーソナリティやアシスタントがいる。

とってもプライベートな、それこそ声を変えないと放送できないような微妙なテーマのときもありましたが、番組の作り手と受け手の心のひだひだが合致した昭和の名番組でした。

前番組『それゆけ○曜』の出演者とのうだ話にも、心のひだひだと喋りのテクニックが其処彼処にありました。

翻って私。

平成から令和にまたがって、朝の帯番組で喋らせてもらっているわけですが、私の考える「リスナーさんひとりひとりの心のひだひだ」に向き合っているかと自問自答すると、顔から火が出る思いです。

だから、NHK朝のニュースで「人間のひだ」というキーワードが飛び込んできたのでしょう。

「心のひだひだ」は、リスナーさんだけでなく、スタッフにも、アンテリジャンの社員にも、家族にもあります。

そのひとつひとつに向き合うことは大変ですが、残された時間はどんどん減っていきます。先輩から教えてもらった「心のひだひだ」をテーマに、「みなさん」でも「たくさん」でもない「あなた」への放送を心がけていきます。

もちろん、その「あなた」が最も多い番組であるように(^。^)

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子守康範
ラジオパーソナリティとして、聴いていただくことが一番のサポートですが、直接投げ銭の形でサポートしてくださる方もいらっしゃり、驚くとともに喜んでいます。 もっともっと面白いことを考え、実行するために使わせてもらいます。 感謝!