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ついにバカラのタンブラーを買って1回使った

8,800円なのね。グラスなら7,700円。8年くらい前にわたしは憧れを持った。当時は、バカラなんて王侯貴族の持ち物で、最低価格のコップでも1つ5万円以上するに違いないと決めつけてあきらめる。その頃わたしは1か月2万円のこづかいで生活しており、5万円っつったら、例えば手取り30万円の人からしたら75万円の価値があるはず。


そのような度を過ぎた奢侈品が、1万円もしないで手に入るとわかってからも、わたしは渋った。デパートの展示品を見にいってさわってもなお。そうして一生バカラを買えないままわたしは死んでゆくんだと落ちこむ。


わたしは手持ちの食器を捨てることができないので、もう食器棚には新しい宝物を収納できない。キャパシティは上限に達している。ではどこに置く?  考えても考えてもわからなかった。ついに12月(先月)、「グラス類から2つ捨てられたら、バカラを買うべきだ」と決めた。オンラインストアの送料無料クーポンが手に入ったときに。すると、ほどなくしてクーポンが発行された。


食器棚の奥から掻きだすと、1脚のワインも含め、うちのグラスは7個だけ。この中から心を鬼にして2つ捨てるんだ。家族に見せ、いらないのを選ばせよう。そしたら家族は、「いるコップ2個」をよけ、あとは好きにしていいと。次の日、やっぱりワイングラスも取っとくと言ってきた。下位4つのグラスを前にして、わたしは半日ほど悩みに悩み、どうしても選べなくて、4つを不燃ごみの袋に入れた。


さて、大きな大きな軽い箱に包まれて届いた各8,800円のタンブラーペア。割ったらどうしよう、とこわい。ふるえながら開け、存在感に圧倒される。フォルムの流線と縁のキレにしびれた。買ってよかった。想像より2回りも立派。驚くほどどっしりとした重量。輝くカットのきらめきに感心する。わざわざ光を当てなくても、室内灯が風雅に反射する。


梱包資材と包装をしばらくいじくりながら鑑賞。タンブラーはただ無造作に並べてあっても威厳を放つ。その晩は洗わず、飲み物も入れず、眺めて過ごした。わたしは唸る。「ガラスのコップ」なのに。それが内包する、目に見えないはずの力強さ。神々しく、親しみやすさがなく、威圧感に満ちて。情念の炎さえ立ち昇りそう。壊してしまったらまた買えばいい、と気持ちを切り換えるのに、長い時間はかからなかった。


次の日に夕ごはんが始まると、
「なんか1人じゃ使いにくい」
と家族は躊躇して、未開封のバーボンがあるのに台所でうろうろ。わたしは、
「今日は別に気分じゃないかな」
など冷めた返しをしたくせに、家族がかわいそうになって、
「やっぱ、のもう」。


いつ買ってきたかわからないワイルドターキーを開栓し、ダブル1.25杯分を注いでもらった。半年前に賞味期限の切れたレトルト食品のいわし梅煮をつつく。


タンブラーが重いから、液量が減ってものんだ気がしない。深酒の結果、翌朝起きられず、午前中の予定をとばした。

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10h
ありがたいことです。目に留めてくださった あなたの心にも喜びを。