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【閲覧注意】「くそ」にかなうけなし言葉はあるか、くそよさらば
それは深夜番組だったように思う。今をときめく女性タレントが、自作の料理を食べ、「くそまずいですね!」と笑った。彼女は料理ができないけれど(本当かどうかは知らね)、挑戦するというテイだった。彼女は、持ち込みレシピを司会者の前で作って見せた。狂ったような調味料の使い方をし、見る者の不安をかきたてたのだった。その完成品を口にした感想が「くそまずいですね(笑)!」。
「食う」や「うまい」同様に、「くそ」が男言葉であることをわたしは知った。もちろん下品なことには変わりない。けれどとにかく女性が言ってはいけない言葉には違いなかった。わたしは、「くそ」という語彙を今日を最後に失う。じゃあ「くそまずい」なんて表現する。マインチマインチのくそほどまずい食べ物をして、他になんと思えばいい。
「人間の食べ物とは思えぬまずさ」
「まずくてまずくてたまらない」
「まずいったらありゃしない」
「まずみの極み、出ました」
「まっずコレ、まっず!」
「まずすぎワロタww」
「うーっわ、まず!」
「泣くほどまずい」
「まずくて撃沈」
「失敗した味」
「激まずい」
「食えん」
「変味」
どれも「くそまずい」の簡潔さにはかなわない。口に出したインパクトで負ける。
わたしは新手の味覚障害を患っている。「何を食べてもまずくて泣ける病」である。その、まずくてたまらない食べ物だけで体を養う苦しみを、どのように伝えればいいか。伝える必要はなくても。誰かにわたしは聞いてほしい。
だいたいいつも空腹に喘いでいる。10h のツイッターは「おなかが空いた」で埋め尽くされた。食料品を買ってきても買ってきても、口にできるのは1/20か1/30である。せいぜいふた口しか食べられないからだ。泣きながら残し、捨てるつらさ。なにしろ「くそまずい」から全身が拒む。同じものは二度と買わない。都会の消費社会にある限り、買ったことのない食べ物は尽きない。
捨てるための「くそまずい」食べ物にお金を出さなければならないやりきれなさ。口に入れたら反応する「まずさセンサー」の鋭敏なこと。お皿を下げさせるたびの詫び。厨房から見にくる料理人への深謝。ごみ箱を溢れかえらせる食べ残し。いっこうに収まらぬ空腹、いらだち、悲しみ。それでも生きるためにまずいものを受け入れる不快さ、不幸。まためまいと吐き気がする。ひと口目さえ吐き出したかったのに、わたしは「くそ」をふた口も飲みこんだ。すごくね?
わたしはもう、ごはんを待ってわくわくできない。おいしいものを食べる喜びがない。好きなものを口に入れてほっとするときがない。大好物が与えてくれるはずの幸せに見放された。たくさん食べてこそみなぎる元気を得ることもない。
まずいものを無理して口にし、鳥肌にまみれたり、前頭葉がしびれたり、背骨が硬直したり、目から塩水が垂れたりしながら、「くそ」と格闘する。わたしは弱ってきた。必要な栄養が摂れないからだ。
まずいものばかりを食べると、物事への意欲は削がれる。抑圧は、落胆の洪水と苛立ちの猛火となって襲いくる。全生活が、黒みを帯びた大気で覆われた。震える空腹は一向に癒やされない。目を開けていられぬほどのひもじさか、まずさの沈うつの嵐か。選択は毎分毎秒を尖らせる。
わたしは人間の命を支える食べ物をけなし、摂取を拒否する。ただまずいというだけで。失礼きわまりない。けれど、「くそ」が付くほどまずいなら、それらを食べ物と認めるのに苦心する。その「くそ」の食料をだ、みんなはありがたがって口にし、おいしいと評して快楽の対象にしている!? 実に奇妙なことであり、不可解であり、わたしの悲運はそこにある。
お店で、ひと口食べては焦る。
「わ! こんなにまずいものを頼んでしまった! わたしは責任を取れない。平らげることができない」
家で、やはり自分を責める。
「またまずいものを買ってきてしまった! なんて愚かなことをしたんだ。金に飽かせてわたしは」
祈ってみようか。「くそまずい」から解放される暮らしをどうかください。わたしはまずくない食べ物がほしいだけなんです。わたしはおなかが空きました。やせこけています。脳の萎縮が進んでこのまま飢えますか。助けてください。くそまずいものにはこりごりです。あまりまずくない食べ物を毎日少しずつ与えられたら喜ぶと誓います。
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