【R18】短篇小説 グラニースミス(サンプル)
【あらすじ】
圭吾は31歳、カジュアルウェアのショップで働いている。店長である上條からは、圭吾のかつての演劇仲間だった、上條の妻であるひとみとのセックスについて詳らかに聞かされ、また、関係を持ったことがあるのではないかと疑われ、辟易している。 ある日、上條から圭吾はある頼みごとをされ、上條の家を訪問し、ひとみとと4年ぶりの再会を果たすのだが…。
【本文試し読み】
調理台に向かうひとみの束ねられた髪と、うす緑色のチュニックの襟元から覗く肌を盗み見ながらぼくは、春の新製品のシャーリングチュニックの色の名前を思い出そうとしている。
ペリーウィンクル、マルベリー、リリーパッド、パーシモン、グラニースミス。聞いただけでは何を意味しているのか、さっぱりわからないものばかりで、覚えるのがひと苦労だった。
ひとみが着ている色はグラニースミス、オーストラリア原産の酸味の強い青りんごの色だ。
深く開いた襟ぐりと胸のすぐ下にはシャーリングゴムが通っていて、意外に広い背中から、急な角度で狭くなる腰のあたりにまで、細かい皺を寄せられた生地が貼りついている。尻が隠れる長さの裾からは、見慣れたストレートジーンズではなく、血管が透けるほどの白い脚が見えている。
屈むとゆったりとしたキュロットをはいているのがわかり、そのせいか、尻のあたりにひとまわり肉がついたように見える。ひとみはぼくよりも二歳年下なので、今年二十九になるはずだ。いつまでも少年のような格好をしているとは限らない。
それに、ひとみは上條さんの妻なのだ。
上條さんの言うことがぜんぶ本当だとすれば、ひとみは上條さんの飽くなき欲望と情熱を、ベッドルームで、あるいはキッチンやバルコニーやガレージで、毎日のように受け入れているはずだ。変わるのは、格好だけであるはずがない。
ひとみは生春巻きの乗った大皿をキッチンカウンターに置く。手の爪は短く、指に馴染んだプラチナの結婚指輪がはめられているだけで、飾り気がない。上條さんは、さっきから、マールボロライトに火をつけては、長いままもみ消し、また新しいのをくわえるというのを繰り返している。
ひとみがぼくたちに背を向け、料理に集中しているのをいいことに、男だけの飲み会でのたわ言みたいな話題ばかり振ってくる。
上條さんに言わせると、目が潤んでいて、笑うと目の下にある涙袋がふっくらと盛り上がる女はセックスに対して貪欲な、好き者らしい。ぼくも酔いに任せて自説を開陳する。
「手元が地味な女はやばいすね。つかまらないうちにソッコーで逃げた方がいいです」
ひとみの手を見て、口からでまかせを言った気恥ずかしさをごまかすために、ぼくは、ロング缶に口をつけ、喉にビールを流し込む。
「榊はなんかわけわかんないチャラチャラした爪の女が好きなのかよ」
「別に好きだなんて、言ってないじゃないすか。とりあえず狙うってだけです」
「好きなのか、好きじゃないのか、はっきりしろよ」
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