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あの感情は、恋と呼ぶには些事すぎた。
一年と数ヶ月ほど前、私は失恋をした。
いや、恋と呼んでいいのかわからないくらい、馬鹿馬鹿しくて情けない出来事だった。
相手は春と夏の境目くらいの時期に出会った年下の男の子。彼との関係が終わった時、彼が私の人生からいなくなったという事実は想像以上に大きなダメージを私の心に与えた。
出会ってから数ヶ月の間、私たちは毎週会っていたし、いつも連絡を取り合っていた。だけど付き合ってはいなかった。ただのセフレだった。
だから、それが一生続くとは思っていなかったけど、できるだけ永く続いてほしいと思っていた。
狂おしいほど好きというわけではなかったけど、一緒にいて心地良かった。「恋人ごっこ」をする相手としては、何もかも好都合だった。
私は、どうやらそんな彼のことが好きだったらしい。
ショックを受けるほど、好きになっていると思っていなかった。終わりの時を迎えても、何事もなく日常に戻れるように、そう思って深入りしていなかったのに。
最後に会った日、彼は私に言った。
「華凪さん、俺たちってどういう関係?恋人同士では無いよね。華凪さんと俺って付き合ったらどんな感じなのかな」
と。
「どんな感じだろうね。でも、私は今の関係が一番心地いいかな」
それ以降、彼の態度が少しよそよそしくなった。「きっともう私たちは終わりなんだろうな」と私は思った。そしてその予感通り、最後に会った日から数日後、電話で話している時に終わりの瞬間はやってきた。
「華凪さん、俺告白されたんだ。その子と付き合おうと思う」
それを聞いて、「ああ、やっぱりな」と思った。だから私は「そっか、良かったね。じゃあ私たち終わりだね」と言って笑った。
そして短い会話の後、電話を切った。連絡先を消そうとしたその瞬間、彼から最後のメッセージが送られてきた。
『短い間だったけど、仲良くしてくれてありがとうございました。
本当はずっと華凪さんのことが好きでした』
彼は私との関係を続けていてもどうしようも無いと気づいて、私に見切りをつけたのだろう。なのにどうして最後にそんなことを言うのか。
できることならば、最初から最後まで曖昧なまま、フェードアウトして欲しかった。そうすればきっと、私は彼のことなんてその先の人生で思い出すことも無かっただろうに。
彼が最後に残した大きな爪痕。それは罪悪感となってしばらく私の胸から消えてくれなかった。
最後の会話で「どこかで俺が有名になった時くらいは俺のこと思い出してくださいね」と言っていた彼の言葉には「どうだろうね。忘れちゃってるんじゃない?」と返した。
彼のことを追いかける素振りを見せなかった、その時はそれが一番の正解だと思っていた。私のプライドだった。
「きっと俺、華凪さんのこと忘れられないと思います」と言われて、「私のことなんて早く忘れなよ。大丈夫、きっとすぐ忘れるから」と返した。
君のことはすぐに忘れてあげるから、君も私のことなんて早く忘れてね。そんな思いを込めた言葉だった。
だけど、彼からの最後のメッセージを見たその瞬間、私は自分が選んだ道が間違いだったような気持ちになって、泣きそうになった。もしも私がもっと彼を尊重できていたら、彼は今も私のもとにいてくれたのだろうかと。私はどこまでも自分のことしか考えていなかったと。そんな後悔が押し寄せてきて、たまらなく苦しかった。
情けなくて、泣きそうだった。
ちょっとだけ好きだった君、私の知らないところで幸せになってね。私も君の知らないところで変わらないまま生きていくよ。
久しぶりに誰かを好きだと思った。自覚した時にはもう遅かったけれど。
でも、私もまだ誰かを好きになることができるということを教えてくれてありがとう。感謝している。
もしも次に誰かを好きになったなら、この経験を糧に心の底からその人を大切に愛しぬこうとその時私は心に決めた。
その結末がどうなったとしても、後悔するよりはきっとマシだから。