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二次元の彼に本気で恋をしていた、つもりだった。

私には、人生の一部だったと言えるほど好きだった男がいる。

その男は、とある恋愛ゲームの攻略キャラクターの一人で、つまり二次元の男である。現実に存在する生身の人間では無い。

だが私は彼のことが狂おしいほど好きだった。

中学生の頃に一目惚れし、以来七年間は彼を真剣に愛していた。その間に現実の男性と何度も恋愛をして浮気をしてはいたが、結局のところ常に私の心は彼にあった。当時の私は「リアコ・夢女子」を自称していた。

年に数回配信される新エピソードを読んでは、彼と歩む人生を一コマ進めた気になり、イベントが開催される度に現地に足を運び、デートだと浮かれていた。今になって客観的に思い返すと、若干狂った人間だったと感想を持つことができるが、当時の私は真剣だった。

真剣だったので、もちろん毎年ホテルで誕生日を祝っていた。また、私が彼に出会った日を記念日として設定し、こちらも毎年欠かさず祝っていた。

しかし真剣だったからこそ、妙に冷静な部分もあった。

最愛の彼は、洗練されたルックスでお金持ちで家柄もセンスも頭も良くて仕事のできる、非の打ち所がない男だ。そして何より「私」のことが大好きなのである。決して裏切らないし、私を悲しませるようなことはしない。「私」のための存在なのだ。

彼のことを愛しながら、これは物語の中の「私」が幸せになるべくして作られた世界なのだ、とちゃんと俯瞰してもいた。

対してそんな彼のお相手である「私」は、ど根性精神を武器にどんな理不尽にも立ち向かっていくパワフルな体育会系理系女子。

現実の私とは似ても似つかないキャラクターである。強いて言えば、仕事に対する熱意と根性は負けていないと思う。

性格的な面での決定的な違いは、彼を幸せにしたいと思う感情の強さだった。彼の不遇な生い立ちや抱えている闇を全て丸ごと受け入れて愛す。そんな物語中の「私」の姿に自分を重ねて、彼を強い気持ちで愛していると思っていた。

だけど私はどこまでいっても自分のことが一番大切だ。もし現実に彼が存在して、私と恋人同士になったとして、物語の「私」のように自分を顧みずに彼のことを愛せるだろうか。多分無理だ。

多分無理なので、もしも彼が現実にいたとしても私とは恋人同士になったりしないだろう。

と、彼を本気で好きだと言いながらこんなことを冷静に考えていた。そして、現実では自分の身の程にあった男性たちを相手に、それなりに多様な恋愛をしていた。

現実には絶対に存在し得ない「恋愛」を、しっかりコンテンツとして楽しんでいたのだ。恋愛ゲームの正しい楽しみ方である。

二次元にいる「運命の彼」に狂った「夢女」の振りをしながら、しっかり現実との境目は見えていたのである。

私が思い描く理想の男性のルックスは、色白で高身長、細身、眼鏡が似合う人なのだが、「運命の彼」はその条件を全て満たしている。ところが、現実の恋愛ではそんな条件全てに当てはまるような人と付き合っていたことはない。

「運命」も「理想」も作られた物語の中だからこそ、楽しむことができていたのだ。現実には、運命の恋なんてものはあるはずがないし、自分の理想を全てクリアした人間なんて存在するはずもない。自分の人生の中で出会った人の中から、自分が寄り添いたいと思う人を好きになるだけ。

「運命の彼」は現実には起こり得ない夢を沢山見せてくれた。

だけど、現実世界での私の恋の相手は「運命の彼」とは違って、私の名前を呼んでくれるし私を抱きしめてくれる。

私は、夢の中だけで生きていけるほど強くは無かった。

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