レタッチの本当の意味を理解する(記憶色、期待色の再現)
おそらくフィルム(写真)業界や印刷業界だけの業界用語だと思われますが、 ”記憶色”や”期待色”という言葉があります。
”記憶色”とは、撮影者がある風景や被写体を撮影した時、 自分の脳に記憶されるその情景の色の事です。
”期待色”とは、写真や印刷において、「こういう色に出来上がって欲しい」と 期待している色の事です。
そして”記憶色”も”期待色”も実際の真の色とほとんどの場合において異なる色なのです。
たとえば、撮影者が綺麗な「南国の青い空とエメラルドグリーンの海」に感動して 写真を撮ったとします。その時、撮影者には感動という主観が加わる事でより 誇張された青い空とエメラルドグリーンの海が脳に記憶されるのです。
もし、その時撮影された写真が実際のものにより近い色で再現されると、ほぼ例外なく 「この写真は、なんか違う。全然感動が伝わって来ない」とガッカリするのです。
そこで、青や緑を誇張(彩度を上げ、コントラストを強調)すると 「まさにこの写真のような青い空とエメラルドグリーンの海だった!」と感動的な記憶が 蘇るのです。”記憶色”とはこのように作られた嘘の色なのです。そして世の中に存在 するほとんどのフィルムは、”記憶色”を再現する為に、多かれ少なかれ色を作って(誇張して) いるのです。
もちろん、より忠実な色を再現するフィルムも有ります。それは商品カタログなど の撮影で使用されるフィルムやフィルムを複製する為のデュープ用フィルムといった、 特殊なフィルムです。
そして、綺麗な写真で写真集を出版する場合はこうです。
透過原稿であるフィルムの色を印刷物で忠実に再現する事は今の印刷技術ではできません。 詳しい話は色空間毎の色再現といった難しい話になるので、ここでは省略しますが、 カラーフィルムを原稿にカラー印刷物を作る際、印刷所はカラーフィルム上の色(RGB)に 似せる為に印刷用の色(CMYK)をもっともらしく作り直すのです。ここで重要な事は、元の色を 作りだすことではなく、見た目で元の写真と近いイメージに見えるよう再現する事なのです。
前例の「南国の青い空とエメラルドグリーンの海」 における青色や緑色という色はもともとCMYKの色空間には存在しない色なので、CMYKの色空間 範囲でいかにらしく見せるか工夫して作り上げなければいけないのです。
カメラマンや編集者は、らしくみえる色を印刷所が工夫して作ってくれる事に期待しているのです。 ”期待色”とはこういう色の事です。
我々が普通に目にしている写真や印刷物の色は、意図的に加工されていない限り、我々は その色が本当の色だと思っているでしょう。 しかし、本当の色だと思っている色も実は”記憶色”や”期待色”といった極めてあいまいな 指標により作られ再現された色なのです。
つづく
では、皆さん素敵な写真ライフを