行き交う人波の中【2】
駒希の手を引くと俊一はまた大通りを歩きだした。人の多い通りだった。目的地が分からないのも理由のひとつだが、人が多すぎるというのも疲れる要因のひとつだった。
「ところで駒希、この大通りの名前分かってるのか?」
辟易している駒希に俊一が言った。
「は?分かるわけないじゃん。車持ってないし、道の名前なんか覚えられないもん。」
「やっぱりか…明治通りだよ。」
「明治通り。」
駒希は復唱した。
「で、目的地はまだなの?明治通りはどこまで続くの?」
俊一は
「もう半分は過ぎたよ。明治通りはまだどこまでも続くけど。」
しばらく駒希は何か考えた様子で歩いていた。たまに通り過ぎる人波を見て、はあ、とため息をついたりした。
「何?どうした?疲れたの?」
俊一が聞くと駒希は
「あのさ、道路って東京だけでもいーーっぱいあるじゃない?」
と走る車を見ながら言った。
「うん、あるね。」
「で、明治通りはこのとおり、車が渋滞するくらい人気があるわけで。」
「うーん、まあね。」
「渋滞するって分かってるのに、他の道を使わないでこの道を使うのはある意味自虐的だと思う。」
「…は?」
「だってさ、細い道にでも入って回り道したほうが渋滞よりもよっぽど早く進めるんじゃないの?」
「そうかもねえ。でもさ。」
俊一は渋滞の車を見て言った。
「そうなったら、東京が東京じゃなくなるかもよ?」
駒希は不思議そうな顔で、
「どういう意味?」
と聞いた。
「さ、早く歩いて。あと30分くらいだから。」
「30分~!?」
俊一は駒希の手を引いて、改めて歩き出した。そろそろ夕方になろうとしていた。
ビルとビルの合間から見える空も黄昏ていくのが分かった。通行人は相変わらずの人の多さで駒希はなんとか人をよけながら前に進んでいた。疲れでぼんやりしているせいか、何となく俊一に連れられるがままに歩いていた。
「駒希、ここから階段だから気をつけて。」
そう言われて、少し長い階段を上がると俊一は、
「よし。ついたよ駒希。お疲れさん。」
「ふあ?」
駒希は改めてその場から下を見下ろしてみると、そこにはバスターミナルがあった。
「ここってどこ?」
周りを見渡してみると、遠くに伊勢丹が見えた。
「え、あの伊勢丹ってもしかして…。」
「分かった?」
「もしかして、ここって新宿?!」
駒希は驚いて声を上げた。新宿にはいつも行き慣れてはいるものの、電車でしか行ったことがなくてまさか池袋から新宿まで歩いてきたとは思いもしなかった。
「よし、よく頑張った。夕飯は美味いもの食べようか。」
「…まさかここから渋谷まで歩くとか言わないよね?」
俊一は笑って、
「都会の醍醐味。暇なんかないって分かっただろ?」
そういえば…と駒希は思い出した。今日は何にもすることがなくて暇で仕方なかったんだった。人が多すぎて、どこにも行くところがない、だなんて。だけど、人が多くても行けるところはあるし、暇なんていくらでも潰せるんだな、と駒希は思った。
「美味しいもの、近くで食べれる?」
俊一は笑って、
「歩いて5分だよ。」
と言った。
駒希は俊一の腕にしがみつくと、笑顔で言った。
「近すぎるよ!」
渋滞と立ち並ぶビルの合間を右往左往する人波が、今日も誰かを目的地まで運んでいく。
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