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行き交う人波の中【1】

土曜日の昼間だった。
池袋の街中のコンクリートの椅子に腰掛けたまま、何をするでもなく目の前を行き来する人の波をふたりで眺めていた。
「まったく。」
と言い出したのは駒希だった。
「一体どこからこんなに人が集まってくるんだろうね?ていうかみんな暇なの?」
そう文句を言う駒希に俊一が、
「それを言ったら僕らもその中に入ると思うんだけど。」
と言った。
「そうかもしれないけどぉ、こっちはデート。他の人は大した用事でもないんだろうし。」
「大した用事かどうかは分からないだろ。」
そんな会話をしながらも、人は右から左、左から右に流れて行く。途切れない人の波を見ていて駒希はため息をつく。
「これじゃどこに行く気にもならないよ。」
「人が多すぎてって意味?」
「多すぎてっていうか…目的地に行くまでにいっそこの流れに乗ったほうが楽かも、って。」
「目的地ってどこだ?」
「わかんない。そういえば今日どこ行くか決めてなかったね。」
駒希が周りをぐるりと見渡した。人で溢れた街並みは、どこを見渡しても人しかいないのだ。
「今日土曜日だし、どこ行っても同じかなあ…どうせ人が多いなら、もうちょっと違う場所にすればよかったかなあ。」
「じゃあ、行こうか。」
と俊一が言った。駒希は目を丸くして俊一を見た。
「え?どこに?」
俊一は立ち上がって、駒希の手を引いた。
「この人の流れに乗って、たどり着く目的地まで。」
駒希は何のことかさっぱり分からないまま、俊一に手を引かれて歩き出した。俊一はどこを目指しているのか、この流れに逆らわずにそのまま歩く。デパートの前を通り過ぎると、ドアが開いているせいで一瞬冷たい空気に触れる。そして、人の出入りが邪魔でなかなか通り抜けられない駒希を俊一は手を引いて助けた。
俊一がふと、振り向いて駒希に
「そうだ、疲れたら言って。休憩するから。」
と言った。駒希は
「うん。…ていうか、そんな遠くまで行くつもりなの?ていうか目的地ってどこ?」
と不思議そうな顔をしてたずねた。
「まあ、そんな大した場所じゃないけどね。」
そう言うと、ふたりでまた人混みの中を歩き始めた。
道路は車の渋滞でまったく流れがなく、見えない排気ガスが空気を汚染している。そしてその汚染された空気の中を、駒希たちはひたすら歩いていく。歩道にはいろいろな店が並んでいた。しかし、それらを見学するでもなくひたすら歩く。
そのとき突然、駒希が
「痛い!」
と声を上げた。俊一は
「え?なに?」
と振り向いた。
「…足つった。」
駒希は右足のふくらはぎを押さえた。
「こっち行こう。」
そう言って俊一は駒希を歩道の隅まで連れていった。
「このくらい歩いただけで足つるとか、どんだけ普段歩いてないんだか…。」
俊一は駒希のふくらはぎをマッサージしながら言った。
「仕方ないじゃん。歩く用事がないんだもん。」
駒希は文句を言った。それを聞きながら俊一は
「駒希、この足でこの先暮らしていったら30歳になる頃には歩けなくなるぞ?少し鍛えないと将来やばい。」
と真剣な顔で言った。駒希は
「そんなこと言われても…だから今、歩いてるじゃん。」
そう言って、俊一を見た。
「ふう。これじゃ目的地に着くかどうか怪しいもんだな。よし、行くぞ。」
俊一は立ち上がって駒希の手を引くと、また溢れる人波の中に入って歩き出した。
「ねえ、目的地って?どこに行くの?」
俊一に手を引かれながら半ば強引に駒希は連れて行かれた。通行人は相変わらず減ることもなく、むしろ増える一方だった。俊一は人波をかきわけ、駒希は通り過ぎる人たちとぶつかりながら必死に歩いていた。大通りの車は相変わらず渋滞していて、排気ガスを出しながらクラクションを鳴らす。歩いたほうが早いんじゃないか、と駒希は言おうとしたが通行人が邪魔すぎて俊一に声をかけるのも侭ならなかった。俊一は同じペースでどんどんと先に進む。駒希は手を引かれているものの、歩くのに必死でかなり疲れていた。
「ねえ、ねえってば!」
「ん?何?」
俊一が振り向いた。
「ここどこ?っていうか疲れたから休みたい…。」
駒希は疲労困憊した顔で言った。
「仕方ないな…そこのマック入るか。」
そう言って、ふたりは傍にあったマクドナルドに入った。駒希は席に座ると、
「あー!疲れた!やっと座れたよー…。」
コーラとコーヒーを持ってきた俊一は、
「疲れたって、まだ2キロくらいしか歩いてないぞ?本当に運動不足だな。」
「2キロも歩けば充分!もういいから、どこに行くの?」
「いつも行ってるところ。」
「いつも行ってるところ?」
不思議そうな顔をして駒希はコーラを飲み終えた。
「よし、行くか。ほら出発だ。」
「え?もう?!ちょっともう少し休もうよ~!」

<to be continued>

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