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このまま世界が終わればいいのに【1】

「ねぇ、奈良皆さん。ノストラダムスの大予言知ってるよね?」
文月がファミレスで夕飯を食べている時に、硬いステーキ肉を切るのを苦戦している僕に聞いてきた。
「1999年の?もちろん知ってるけど…何でまた唐突にそんな昔の話?」
文月はそんな僕の様子をじっと見つめた後、自分のハンバーグを口に運んでから言う。
「その時さ、奈良皆さんって何歳だったの?」
「1999年だろ?うーんと…」
突然の質問に僕は現在の2023年から逆算する。1999年は24年前だ。
「9歳かな」
9歳なんてとんでもなく昔で、自分がどんな子供だったかもうまく思い出せない。それでも僕はそれなりに活発な子供だったと記憶している。
「怖くなかった?地球が滅亡するって。」
「どうだったかな?僕はそれほど気にしてなかった気がする。でも友達のひとりはそれが原因で人生が変わった。」
「変わったの?どうしてどんな風に?」
文月はハンバーグを食べる手を止めて、僕の顔をじっと見る。夜中のファミレスには終電を逃した学生たちが何人か時間を潰し、大人の客はあまりいない。窓際に座る僕と文月はこんな時間でもひっきりなしに速度を上げて国道を走るトラックたちを見ながら、そんな他愛のない話をしていた。
「まぁ、昔の話だけどさ…その友達の両親は宗教にどっぷりと浸かっていて。ノストラダムスの大予言を信じてたんだよ。地球は1999年の7月に滅亡するから、もっと信仰心を持って神様を崇めないと地球の滅亡の日に自分たちを守ってくれないってね。」
「その友達も?信じてたの?」
「結構ね。だから夏休みが近づくにつれて日に日に顔色が悪くなってたし元気もなかった。地球が滅亡して自分は死ぬかもしれないから、毎日6時間神様にお祈りするんだって言ってたよ。」
「6時間も?」
文月は目を丸くして、氷の溶けたアイスティーをストローで飲んだ。
「夏休みが来る前になったら学校にも来なくなってたけどね。多分、宗教上の都合でそれどころじゃなかったんだろうけど」
「でもさ、結局何もなかったじゃん。どの後どうなったの?」
「まぁ…あんまり良い結果にはならなかったんだけど。その子の両親は亡くなったんだよ。自殺して。」
「え…だって何もなかったんだから良かったんじゃないの?何で?」
「僕も子供の頃だったからあんまり覚えてはいないんだけど。両親はノイローゼだったらしくてね。地球の滅亡が起こらなかった事に絶望して死んでしまったそうだよ。」
外では馬鹿みたいに大きな音でエンジンを鳴らして、猛スピードの車が何台か走っり去っていった。気づくとファミレスの中には5人組の学生たちと、僕たち2人だけしかいなかった。ウエイターやウエイトレスは暇そうに店内をぐるりと回った後に、厨房にいる社員と笑い話をしている。
「地球が滅亡したら自分たちは生き残れるって信じていて、滅亡しなかったから絶望して死んでしまうとか。なんか矛盾してない?」
「矛盾…まあ、両親からしたら地球が滅亡した後に信仰して生き残った人間で新しい世界を作り出せる、とかそういう思想があったんだろうね。それが叶わなかったから、絶望したのかもしれない。」
「友達は?どうなったの?」
「どうだったかな…確か親戚に引き取られたか何かで引っ越していったけど。その後、どうなったのかは知らない。」
文月は大きなため息をついた。
「どうしたの?お腹いっぱいになった?」
そう言うと文月はフォークを持ち直して、
「そうじゃないけど。そういうのってニュースにならなかったの?」
と残りのハンバーグを口に運んだ。
「ニュースか、そういえばそういうのがニュースになった覚えはないな。単純に僕が子供だったから目にしなかっただけかもしれないけど」
ノストラダムスの大予言は結局、7月が過ぎたら誰一人そんな話はまるでなかったかのように口にしなくなった。少なからず予言を心のどこかで気にしていて怖がっていた僕は、予言どおりに地球が滅亡しなかったことを喜んでいた。そういう気持ちの人間は大人にも子供にもいたはずだ。
「でもさ、ノストラダムスの大予言を信じて、直前になってヤケを起こして犯罪に走ったり、集団自殺するとかさ。そういうのなかったのかな。」
「特にそんな情報も聞かなかったけど…何人かはいたかもね?変に刺激するのが嫌でテレビが流さなかっただけだったりして。」
「ふーん…。」
文月に言われるまで、僕はノストラダムスの大予言の事なんてすっかりと忘れていた。そういえばそんなこともあったなと、遠い思い出を引っ張り出してきたように。文月のいうように、あの時代のあの夏、もしかしたら先走って犯罪に走ったり自殺したりという人間がいてもおかしくない。そんなニュースが流れなかったのも、世界を刺激しないようにとするテレビや大人の世界が隠蔽したのかもしれない。
目の前でハンバーグを食べている文月に、
「それにしても、何で今更そんなノストラダムスの大予言だなんて話を出したんだよ?文月はまだ生まれてないだろ?」
と僕が聞くと、最後のひと口を大事そうに口に運んで飲み込んだ文月は言った。
「別に、昨日たまたまバイト先で話題に出たから。そんなワクワクするような事があったんだなって。」
「ワクワク?」
「世界が滅亡するんだよ?そんなのって本当に胸が躍るっていうか、自分も他人も何もかも全部滅亡してなくなるって、そんな素敵な話があるなら、私は明らかに期待に胸を躍らせちゃう。自分ひとりが消えるなんて嫌だけど、全てのものがなくなるっていうならば、やっぱりドキドキする。恐怖の魔王ってなんだったんだろ…。」
最近の若い子特有のものなんだろうか、刺激に飢えているのか自分たちが滅亡することに胸を躍らせるなんて僕にはわからない感覚だけど、何となく文月の性格を考えるとそんな具合に考えるのかもしれない。


2人とも夕飯を食べ終わり、僕と文月は車に乗り込んだ。あちこち傷のある僕のBMWの乗り心地が一番最高だと文月は言う。
「傷のついてない高級車なんて、馬鹿みたい。」
そんなことを言う文月を助手席に乗せると、文月は窓を全開にして顔を出す。真夜中の国道は行く先々まで車のテールランプで彩られ、文月はその光を目に焼き付けようとしているようだった。
「文月、スピード上げるから窓閉めな。」
「どこ行くの?」
「さあ、何となく。」
僕がそう答えると、文月は嬉しそうな顔をして
「行く先のないドライブって最高。」
と言って笑った。

僕はBGMにFMラジオを流す。何故か英語で放送されていて、聞いたこともない英語の曲が流れた。その曲の歌詞がどういう歌詞なのか分からないけれど、今こうして静かな国道をスピードをあげて走るにはちょうど良い気がした。文月はふと、思い出したように僕の顔をまじまじと見てから、
「奈良皆さんってさ、10代の女子と付き合うのって私が初めてだって言ってたよね?」
と無表情に聞いてきた。
「うん。そりゃ自分が10代の時は10代の女の子と付き合うことはあったけど。さすがにもう33歳となるとなかなかね…。」
「ふーん、その割には私の事を拒否したじゃん。普段縁のない16歳を頂きたいって邪な気持ちがなかったってこと?」
「それ以前の問題。あの時、僕が文月を突っぱねてなかったら僕は犯罪者になっていたからね。」
「なるほどね。」


<Continued>

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