このまま世界が終わればいいのに【7】
オートロックの呼び出しを押すと、少し経ってから
「はい、こちらは新聖会の本堂になります。」
と落ち着いた女性の応答があった。
「そちらの共同墓地に手を合わせに来たんですが。」
僕がそう言うと少し間が空いて、
「少々お待ちください。」
という声が聞こえた。
「なんか仕事の取引にきたサラリーマンみたい。ここ本当に宗教の建物なの?」
「残念ながらそうみたいだけどね。」
その後、
「お待たせいたしました。手前のドアのロックを外しますのでそちらからお入りください。」
という声がした後に、ひとつ手前のドアがガチャン、と重い音を立てた。
僕は文月の手を引いてそのドアを押し開けると、そこには品の良いブラウスとスカートを身にまとった若い女性がひとり待っていた。
「こんにちは。本日は共同墓地にてお声をお聞きにいらしたとのことですが…」
「お声?」
僕が聞き返すと、その女性は品の良い笑顔で僕に質問した。
「共同墓地にいらしたのは初めてでしょうか?こちらの新聖会では一般的に『お墓参り』のことを『お声を聞く』と言います。亡くなった方との会話のために、手を合わせることになっております」
「ああ…そうなんですね。はい、初めてです。」
そう答えてから文月の顔を見ると、文月は嫌そうな顔をしていた。
まるで唐突に嫌な場所に突き出されたような顔をしている。
別に笑顔でいろとは言わないが、少しくらい協力的な顔をしてほしい。
僕も既に気持ち的には少し引いているのだから。
「そちら様おふたり、ご家族の方でしょうか?」
「あ、いや…僕は付き添いです。彼女の父がこちらに納骨されたと聞きまして。」
僕がそういうと、文月はそれまで以上に嫌そうな顔をして、
「はい…。」
とひと言ボソッと呟いた。
「お名前をお聞きしてよろしいでしょうか?」
「えっと…笠谷です。笠谷智です。」
文月が嫌そうにその名前を口にすると、今まで笑顔だった女性の顔が真顔になった。
そして、
「少々、お待ちくださいね。」
と言って、後ろにある重そうな動きの自動ドアの向こうへと足早に去って行った。
僕たちはふたりとも無言でその様子を見送った。
「ちょっと…どういうこと?」
文月は僕に聞く。
「僕に聞かれても困るんだけど。君のお父さん、何か問題あったのか?」
「知らないよ、ずっと会ってなかったし。でも今の人、お父さんの名前聞いて瞬時に笑みが消えたよね?まさか犯罪でも犯したんじゃないの?」
自分の父親に酷い言い様だが、文月の言葉通りに今の女性が文月の父親の名前を聞いた瞬間、何かしら良からぬ表情になったのは間違いない。
待っている間、僕と文月は受付ともいえるようなやや広いエントランスに飾ってある大きな生け花や、いくつかの賞状を眺めていた。
宗教法人の何かから贈られたらしい賞状は3つ壁に貼られていて、その隣には何かの記念メダルが3つ下がっていた。
何だか宗教界で何かの大会でもあったかのようだ。
「ねえ、奈良皆さん。今のうちに帰っちゃう?」
文月はここに来てからずっと嫌そうな顔をしているが、考えてみれば今回の当事者は文月なのだ。
「そういうわけにはいかないだろ。それにほら。」
僕が指さした方向を文月が見た。
そこには丁寧に防犯カメラらしきものが3つも並んでいた。
そして、後ろを振り向くと後ろの天井にもカメラはあった。
「ますます帰りたくなってきた。この団体大丈夫なの?」
「さあね。これでガラスが防弾だったらセキュリティは完璧だろうね。」
そんなくだらない冗談を言っていると、さっき女性が出て行った自動ドアからひとりの男性が出てきた。
年齢は僕と同じくらいだろうか、背の高くてスラッとした整ったきれいな顔の男性だった。
きっと今どきの若い子にはこんな男性が理想とされるんだろうな、と思い文月を見てみると、文月は嫌そうな顔のままだった。
「初めまして。こちらの新聖会の責任者の阿久津といいます。」
そう言って阿久津と名乗る男性は、見るからに物腰の柔らかい微笑みで僕たちに言った。
「笠谷さんのご身内と聞きましたが…」
「僕は付き添いで、彼女が娘です。」
そういって文月を紹介すると、文月は愛想のない表情で
「責任者って、あなたが教祖様ってこと?」
と遠慮せずに質問する。
阿久津はその文月の質問に嫌な顔せずに、
「教祖様という言葉がふさわしいかどうかは分かりませんが…新聖会では全ての信者の声を一番深く聞いている立場ではあります。それぞれの方にそれぞれの対応ができるようにとは心がけております」
と柔らかい微笑みを変えず答えた。
文月は僕に目線を送る。
僕に意見を求めるというよりは、何とかしてほしいという表情だった。
どちらにせよ、文月とここに一緒に来るということは僕がある程度、文月のサポートをしないとならない責任があるんだろう。
というより全て僕に丸投げしているとしか思えなかったけれど。
「彼女の父親が亡くなったことについて、少しお聞きしたいのですが…」
僕がそう言うと、阿久津の顔からは微笑みが消えて、切なそうな表情になる。
まるで何かのドラマを見ているようだった。
そんな感情を抱くのはきっと間違いなんだろうとは分かっているけれど、文月に目線を移すと、文月は何だか眠そうな顔をしている。
一体、誰のためにここまで来たのかが分からなくなりそうだ。
「笠谷さんと最後にお話ししたのは僕なんです。」
その言葉を聞いて、文月は視線を上げた。
「もっと言うと笠谷さんに新聖会を勧めたのも僕なんです。」
「それというのは…」
僕が言いかけたときに、文月が口を開いた。
「それってお父さんは教祖様から直々に宗教の勧誘を受けたってこと?」
それなりの長い期間、話をしてきたからそれほど僕は感じないけれど、文月の単刀直入な質問にはある程度、免疫がないとドン引きする。
文月はあまりオブラートに包んだ質問の仕方をしない。
本人に悪気はないんだろうが、それがたまに問題を引き起こすこともある。
この先、大人になっていくのにとても苦労を抱えそうだが、文月が苦労するというよりは文月の相手をする人間が苦労するのが容易に浮かぶ。
その最初の人間がもしかしたら僕なのかもしれないと考えると、とんでもなく責任重大なプレッシャーを感じる。
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