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雪やこんこん泳げや光り蛸

急に雪が降ってきた。それもかなりのこんこん降り。
京のまちに雪だ。風流ね、やったあ。という心持ちには到底なれん。お外を見ると吹雪が殴りつけるように斜めに吹き荒れて、みんなつんのめるようにして歩いているし、さしている傘は大暴れ。外はまっしろけ。店に入ってくるお客の頭にはもれなく雪が積もっている。そろそろおあいそなんて思ってたところで此の安ハンバーガー屋から出れなくなってしまった。
小一時間ほど時間を潰してみたけれどいっこうに弱まる気配はなく持ってきた本もとうとう読み終えてしまった。ここでいっその事晩飯を追加注文するのもいいかなと思ったけれど、冷蔵庫の中にある残った食材を片してしまいたい。向こう三食は外で食べる予定だから今日を逃すと捨てる羽目になってしまうかもしれぬ。其れは避けたいところ、、と吹き荒れる雪をぼけえと眺め完全に冷めてしまった珈琲の残りをちびちび飲みながら、我が家のお台所事情についてを黙考していた。いちおう折りたたみ式の便利な傘を持ってきてはいるものの、これで外の世界へ飛び込むには大変心許無く、中々踏ん切りがつかない。先程から店内放送でローリングストーンズの「shes a rainbow」のcover版がワンコーラスだけ何度も流れるし、店内専用ラジオも何週も回って飽きてしまった。

いつからか店内ラジオより大きいボリュウムで、電話の話し声が聞こえてくるのに気がついた。しかし声を張り上げているのではなく自然に話されている声が矢鱈に大きく、まさに天の声。これ如何にと不思議に思い、周りを見渡しても誰によるものかは判別がつかない。スピーカーに繋がっているのか大音量で店内中に響き渡っていいる。電話の向こう側の話し相手の声まで漏れ聞こえてくる始末。エレキで声が増幅されているのに間違いなく、生音ではないのは明白だが他のお客の様子を見ても(満席状態であった)誰一人気に留めている人がいないようだ。これは僕の中だけに聞こえている声なのかと一瞬訝しんだが、人の心に直接呼びかける声というのは、予言だとか意味ありげなお告げが通例で「これからご飯たべにいかない?今日予定なくなっちゃってさ付き合ってよ〜」なんて内容にはならない筈だ。声の主は若い女性で相手は若い男性である。僕の心の中でやる意味が全くない。
なんて事を考えているとようやっと、雪がしんしんと、おしとやかに降る程度になったので、時は来たとすみやかに天の声がする摩訶不思議な店から飛び出た。屋根のついている商店街を通って家へ向かう。どこもかしこも店じまいをしてかなり暗い。いつもこんなにも暗かったかしらん。と思いながら歩いていると前方に青白い光が浮かんでいる。それは懐中電灯で照らしながら商店から店の人が出てきたためであった。すれ違う。
もう少し行くとまた懐中電灯を手にした人と出くわした、どうやらここら一帯停電になってしまったみたいだ。家は無事だろうかと不安になり、電気がつかないならいっそうのこと安ハンバーガー屋にいた方がマシだったなとほぞを噛む。すると今度は赤く光る物体に出くわした。提灯かしらと思ったが違った、蛸だった。
赤く光る蛸の体のランプ、、光り蛸(ひかりだこ)をもった人が商店街を抜けてゆく。
雪の中を光り蛸が泳ぎ浮遊する。雪を潜り抜ける光る蛸。足跡はつかない。
光り蛸なら雪の日でも揺れながら月までいけそうだ。蛸と雪、なんだかいい塩梅。

商店街を抜けて、路上で商いをしているお婆の所の前を通るが流石に今日はいなかった。
(やってない事がしばしばで営業日は不明)
無事灯りのある家に着きひと息ついたところで今日は安ハンバーガー屋に自転車で来ていたのだということを思い出した。おいてけぼりにしてしまった。
僕は自分の粗忽さに腹が立ち、蛸のように顔が赤くなったが、もう一度この寒さをくぐり抜けて浮遊しながら自転車を取りに行く気になんて到底なれなかった。
気分転換に湯を浴びようとしたが、なんと湯が出ない。いくら待っても出ない。
ちめたあい水で、今度は青くなった。









追記
文芸誌「群像」二月号にて随筆を寄稿させていただいております。いつもあなぐらで好き勝手書いている自分が掲載してもらえるとは。群像といえば村上春樹さん村上龍さん多和田葉子さんなど数多の作家を輩出している偉大な文芸誌。光栄です。
全国の書店でお買い求めいただけますゆえよければ、、、。

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