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穴あきズックとずぶぬれくつした

僕はここ数年、身につけるものに無頓着だ。
貰い物であったり親兄弟のおさがりの服や靴をよく身につけている。 それが自分の趣味嗜好にあわなくてもとりあえず着るなんてこともよくある。(ただ流石に親からもらった黄色い蛍光色のパーカーは着てないから、多少の頓着はある)

ある年齢をいくと自分で服を選ぶの普通になるから、人が選んだ服を着ると自分と違う色がまじってなんだか愉快な心持ちになる。
そんな僕だから、決して短くはない期間、持っている靴がすべて穴が空いているということがあった。その靴の中にも貰い物やおさがりがまじっているのである。ひどいものだ。
僕は踵を地面に擦って歩く癖があって必ずといっていいほど踵に穴を開けてしまう。 そんな穴あきズックは天気が少しでも崩れようものなら共鳴するかのように外から迎え入れ、くつしたは雨の陰鬱を一心に吸い取る。夜があれば朝があるように穴あきズックがあればぬれたくつしたがあるのだ。この二つは避けられない因果関係で結ばれている

ぬれたくつしたは、浮浪者や不良少年のごとく体裁が悪い。座敷にあがることはできないし、自分の家に帰るまで靴を脱いではならないのだ。いくつかのやってしまったなという経験を経て、今では穴の空いてない何足か靴が並んでいる。ひどい時はくつしたにも穴が空いてるときもあった。もう救いようがない。

佐々木マキはジョンリーフッカー(アメリカのブルースシンガーでありギターリスト)の「ノーシューズ」になぞらえて、かつての自身の貧乏生活を綴っていた。ノーシューズとまではいかないが、僕にとってのそれは穴あきズックとびしょぬれくつしたなのである。そして今もなお質素な生活は続いている。

冬の寒空の下、月あかりをぼんやり背にうけて、白い煙をはきながら、濡れたズックをビショビショ鳴らしながら歩くのは、こう書いてみると、少し詩的なのかもしれないがやっぱり、足のかかと分ほど切ないものである。






追記
靴をズックっていう人あまりいないなと思い、調べるとズックって素材の名前らしく、正式にはズック靴となるんだそうな。

小学生の時に「おとうさんがいっぱい」という児童書を読んでからずっと佐々木マキさんファンです。彼が挿絵を描いている本はつい読んでみたくなるのです。



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