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晦日正月ぐうたん日記4


大晦日

去年の夕方に揺れたんだねと母は言い、まあ大丈夫だろうとは、思えど断言できずに、かといって辛気臭いのも警戒して緊張するのも違うから、、だけどぽかんと忘れちまうのもそれはそれで違う。
姪っ子は覚えてるのか覚えてないのか、一年でたくさん大きくなったとはいえまだまだあどけない顔をしている。

ともあれ乾杯。
小学校の時分の友達のお母さんが働くお寿司屋さん、あらま、10数年ぶり?お久しぶりですっ。
「小学生の時は、もうちょっとキツイイメージあったけど、柔らかい雰囲気になったね」って。変わっていないつもりでいたけれど、確かに小さい頃はもっとつり目だったし、トゲトゲと可愛くないところがたくさんあっただろう。
林間学校でつくらされた木のキーホルダーには、描いた絵にあわせて日付が記されていて、なんと西暦が2500年。
ちょうど20年前につくられた未来のキーホルダーだ。
ヌケサクなのは昔から変わらない。これは意図的なボケじゃない。
「これ棚から出てきたけど持って帰る?」と母。
もちろん、いらない。

たらふく食べた後は風呂屋に湯を浴びにいく。
帰省の定番だ。

日を跨ぐ前に伊豆のワサビをすって、ざる蕎麦を啜って年越しそばとして、寝る。
昼も帰ってくる途中に寄った福井のおろしそばを食べた。

年末年始の実家での過ごし方はだいたい同じ。しかし、みんなでテレビ見ることはなくなって、というのも、甥っ子と姪っ子がトイストーリー1と3.それに魔女の宅急便、夕方から日を跨ぐにかけて3本もみていたというのもある。(次の日は、二度目の魔女の宅急便とトトロだった)
僕もトイストーリーが大好きで、テープが擦り切れるほど何度も見た。小さい頃は断然ウッディ派だったが、大人になってみると、バズのバランス感覚に惹かれる。
スター性のあるも時に行き過ぎてしまうウッディを支える女房役といえばいいのだろうか。真面目だからとといって堅物にはおさまらずにユーモアもある。

最後寝る前に一杯と思って缶を机に置いたまま、しばらく寝てしまった。

元旦

朝から甥っ子と姪っ子が大喧嘩。
下の甥っ子はお姉ちゃんものをなんでも欲しがる。西瓜が描かれた皿とびわが描かれたお皿、二人して西瓜の方を取り合う。
確かに僕も西瓜のやつの方がいいなあと悠長に眺めていたら、彼女たちは真剣で譲らない、先に弟が泣き出して、次にお姉ちゃん、今年で13歳になるコザクラインコのぴいちゃんは、みんなが実家に集まったらいつもより大人しくなるみたいだ。カゴの中でひっそり身を潜めている。
あらま、大変。

近所の神社へ初詣に出かける。

去年の傷が残った町、ところどころコンクリートに亀裂が入っている。
姪っ子と手を繋ぎながら歩く。去年はそんなことしてくれなかったのに。ギターを弾いて歌ってみせても「うるさーーい」って言われたのに、今年は名前を呼びながら歌ったら甥っ子と一緒に喜んでくれた。
そんな彼女は来年小学生。ピアノの習い事をはじめたらしい。すごいなあ。
御籤は末吉。もう何年も何年も大吉を引いていない。今年もだめだったか。

その後は、施設にいるばあちゃんにみんなで会いにいく。とっても元気そうだった。
92歳で、自分の部屋は自分で掃除して整理整頓されてるし、机には芸能人のゴシップ記事が掲載されている週刊誌が置かれていたし、冷蔵庫にはアイスクリイムがあった。
流石である。


夜は家で、王様のような食事。(僕にとってはね)
こんなのは年に一度。肉に魚に食い切れないほどに沢山でてくる。たとえば普段の食事ならメインを張るであろうものが、前菜のようにして出てきたり、みんな四番バッター、いつぞやの読売巨人軍のようなラインナップ。
ビール缶や日本酒の瓶が次々と空いた。
酒も矢鱈に美味い、美味い。

熱々ご飯に、鰹節(まるで生ハムのようなけずりぶしという商品)に、伊豆のワサビ、顆粒ダシをかけたアレンジがやたらめったらに美味いから是非食ってくれと、しつこく何度も何度も力説する父。
既にお腹いっぱいだったが、締めとしてやってみると、これがまたとんでもないご馳走で、兄は感嘆の声を上げてから、考えこむそぶりをみせ、「これには伸び代がある」と言う。
用は、まだ美味しくできる余地があるというのだ。
父、兄はすぐに飯を自分風のアレンジをしたがる。僕もそれに影響されてか、小さい頃から美味いものを食べると、さらなる高みを目指すアレンジ(そんな大層なものでは決してないけれど)を見つけだそうとする癖がある。



ぐうたらな正月を過ごせた。
何より。何よりだ。



帰りもおろしそばを食った。兄も食っていた。
一、ニを争うほどの好物。よく蕎麦屋に連れて行かれたなあ。
完全に父の影響である。

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