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猿茶碗と枝豆


ドアが開く音がした。低いゲップのような鈍い音。

目を其方に移すと上り框には顔とお尻がまっかっか、更に赤いちゃんちゃんこを羽織ったお猿が内股で腰掛けて此方をじいと見ている。

「はいはい〜少々おまちを」

鍋の火を止め、急いで枝豆をザルに上げる。湯気がもこっと豆の香りをひき連れて広がる。ベランダには枝豆の葉が積み上がっている。

「早めにきてくだすったんですねありがとうございます。見ての通り部屋は汚いですがどうぞお上がりになってください」

昨日、近所の馴染みのカフェで珈琲をのんだ帰り道に歩いていると、ある貼り紙が目についた。いつもは自転車で行くようにしていて、通り過ぎるばかりなのだが昨日は自作した新曲を聴きながらイメイジを膨らませたいものだからよたよた歩いて行ったのだ。だから電柱の張り紙に目がいった。
だいぶと前から張り出されているようで随分紙が傷んでいる。

お猿出張サービス 毛づくろいいたします
楽遊社


お猿は早速ひょいと僕の寝床に飛び乗った。
そして背に背負っている小さなリュックサックを下ろした。

「今日は30分でお願いします」

うつ伏せになった僕の背中にお猿は早速飛び乗りステップを踏んだ。いいところをついていて大変気持ちが良い。此れもサービスの一環かしらん。ひとしきり踏み終わると頭に粉をふりかけられた。床屋でふられるあのパウダーと似た匂いがした。
お猿は髪の毛を掻き分け毛づくろいをはじめる。ちょっこしくすぐったいが気持ちが良い。

頭が痒い時はシラミが蔓延っていることが多いらしいということを最近テレビの健康バラエティで知った。何やら偉い教授が言っていたみたいだから多分そうなのだろう。
僕はここ最近頭の痒みを感じていたのでシラミ取りならお猿に頼むが一番ということで出張サービスをお願いしたのだった。
現代人の食べ物の変化により体から分泌される汗の質がより脂っぽくなっていて此れをシラミが好む(らしい)
シラミ取りを定期的にしてもらえば自然と良くなる(らしい)薬局に治療薬はあったのだが、そのテレビ番組によると薬は然程の効果は期待できず気休め程度にしかならないとのことであった。お猿にシラミ取りをしてもらうのがやはり一番良いのだ。

「シラミ多いですかね、、、」

お猿の手さばきは実にお見事で段々と眠くなって来てしまった。昨日夜更かししてしまったものだから尚更で、窓から差し込む陽の光が背中に溜まっていくのを感じる。子気味よく頭をつつかれる。
鳥だ。鳥が餌を突いている。籠の中の小皿に与えられたご飯をちよちよと食べている。
陽だまりの籠の中には1羽の文鳥。
不意にお空を見つめながら。そしてまたご飯をちよちよ食べる。そしてまたまわり見回す。大丈夫此処らに敵なんかいやしないんだから落ち着いてお好きなだけお食べよ。そう籠を叩くと真っ先に指の方へやって来る。
籠の縁を上手に足で掴んで指を甘噛みしてくる。飯の邪魔をしてしまった。眉間のところを撫でてやると気持ちよさそうにしている。
顔を近づけると干したての布団のような匂いだ、、。
ベッド。
小さい頃友達と、「ベッドがベッドに包まれて」という歌をつくった。歌詞はそれが全部で友達と何度も何度も繰り返し歌った。今でもそっくりそのまま歌える。
ベッドがベッドに包まれる、、、。
ベッドはいつも人間を包み込んでいるから、偶には包まれたりもしたいのじゃないかしら。

お猿はひょいと僕の背中から降りた。

「ああもう終わりなんですね、、あまりに気持ちがよいものだから寝ちゃいました」

お猿はリュックサックから出したがま口の財布を僕に差し出した。

「ええと2000圓でしたね。丁度あります。」
がま口の財布に二枚のお札を入れる。
お札が入ったがま口を一度確認してからお猿はリュックサックに仕舞う。

「このあとお時間大丈夫ですか?よければ一献どうでしょう?よく冷えたビイルと塩茹でした紫ずきんのご用意があります。京都でとれるやつでね大変美味いですよ」

リュックサックにがま口をしまい、ちゃぶ台の下に敷いてある座布団にお猿は座る。

「ハイネケンとサッポロがありますけど」

お猿はハイネケンのほうを掴む。お猿には珍しい。ハイネンケン派とは。
猿茶碗を用意し其処にたんまりと茹でたての湯気が立つ紫ずきんを盛り、お猿の前に出すと早速お猿はひょいひょいと其れを食った。実に枝豆を食うのが達者で、がらがどんどん溜まっていく様を見ていると気持ちが良い。合間にハイネケンを流し込む。

2.3缶空けたところだろうかお猿の顔を紅めた(元から赤いのだけれど更に紅くなったのがよくわかった)
機嫌良く猿踊りを見せてくれた。僕は景気づけに手拍子をうった。ほいさ。
お猿は身軽にひょいとバク転バク宙。すごいすごい。豆のがらを投げ銭に見立てて投げた。
そうしていると急にお猿をぎゅうと抱きしめたくなる衝動に駆られた。だけれど施術に来てくれたお猿にそんな事して良いはずがない。酔ってるとは言え馬鹿な事考えてはいかんと思い直しここらで御開きにする方向へ。

「次のお仕事もありましょうからお酒はここらでよしときましょう、風呂釜に湯を溜めてありますけれど入っていかれますか」

お猿は風呂は遠慮して、顔とお尻を来た時よりさらに紅くして帰っていった。
僕の頭はすっかりお日様の香りになった。
猿茶碗に盛られたがらの山は陽に照らされ、細かい毛が光輝いていた。


頭が痒い人がいらっしゃいましたら是非僕にご一報くださいまし。ご紹介致しますから。














追記
クレヨンで絵を描きました。楽しいです。

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