コーヒー
天気予報は雨で、窓を叩くような雨の音が店内に響き、テンポのいいボサノバの音色は、雨音を中和するようになっている。
アンニュイな私は、今日もお決まりの席に座り、コーヒーをすする。
苦い
琥珀色で満たされた白いマグカップは、まだ二口しか口をつけていない。
遅れてやってきた店員が、すいませんと角砂糖が入った瓶を持ってきた。
私には、ルールがある。角砂糖を3つ、必ずコーヒーに入れて飲むというルールだ。これをしないとコーヒーが飲めない。
そもそもの話をすると、私はコーヒーが嫌いだ。口に残る苦い味と風味、大人になったら飲めるだろう。そう思っていたが、23歳になった私は、未だにブラックは飲めないし、風味がそもそも好きじゃない。
じゃあ、なんで飲むのかとか言われそうだが、カッコつけているとか、そういう事では無くて。
コーヒーは、好きじゃない。でもその中に内包された思い出が好きなのだ。
私の母は、コーヒーが好きだった。三時になると必ずコーヒーをいれていた。幼少の私は、母の真似がしたくて、机に置いてあった飲みかけのコーヒーを母の目を盗み見ては、口にしていた。
当然のように飲めたものでは無い。苦い苦いと、毎回うろたえながらも繰り返す私を見かねてか、母は、私専用のコーヒーを用意してくれるようになった。
小さなマグカップに角砂糖を3つ入れて
「お茶をしましょ、お嬢さん」
と私を誘ってくれた。
今でも鼻を抜けるこの香りは、母とのあの時間を巡るようで、暖かい。だから、気持ちがすり減った時に私は、必ずコーヒーを飲むのだ。
もうその時間を更新することは、出来ないのだけれど、このコーヒーの中には、笑った母がいる。
雨もあと一時間。
束の間の時間を、私は母と過ごすのだ。
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