「魂の退社」を読んで「会社で働く」ことを考えた
一気に読み通したくなってしまう本は、何冊かに1冊やってくる貴重な機会だ。
・新しい気づきを与えてくれる本
・学びを深めてくれる本
・著者に共感する本
など、惹きこまれる本にはいくつかの種類があるが、「魂の退社」(著者:稲垣えみ子)には、長年、僕が悩み続けてきた「会社で働く」ということについて共感することが多く、そして、新しい道を進むときには背中をぽんっと押してくれるような、そんな本だった。
会社との出会い
「会社で働く」
自分の人生は、こういうことで良いのだろうか。
21世紀がまさに始まった2001年、春休みが明けて、大学4年生になる頃には、大学のクラスメートも、サークルの友人も、いつの間にか就職活動を開始していた。
卒業単位の取得が危ぶまれ、君たちは社会に出てはいかんだろう仲の良い友人たちまでもが、リクナビなるものにエントリーしていた (ただ、半数近くの友人は、留年していったと記憶している)。
そんな友人に勧められてだったか、大学生ならば誰もが受けるらしい大手広告代理店に、僕もエントリーすることになった。
当日、会議室に通されて、SPIとかいうテストを受けることになるのだが、試験中、あふれんばかりの、紺色のスーツに身を包んだ就活生に囲まれて、息が苦しくなり、大学生としての僕の就職活動は、たった1日で終わりを告げた。
卒業論文を提出する際には、ゼミの先生に「いったい君はどうするんだ」と呆れられ、無職のまま大学を卒業した。フリーターをして、留学もしてみた挙句、生きていくには就職する以外の方法が見つからず、とある英会話スクールに拾っていただいた。
そして、2003年1月、25歳で人生初出社を果たす。
意外にも、似たような(?)境遇の同僚が多く (そもそも新卒採用を当時はしていなかった)、息苦しさは全くなかった (紺色ではなく黒のスーツの着用は義務付けられていたが)。
程なくして、「会社で働く」ことに夢中になっていた。
恵比寿発24:15の山手線に間に合うギリギリの時間まで毎日、代官山のオフィスで働いた。会社が中目黒の駅前に移ると、終電までもう少し遅く残ることができた。
素晴らしいビジネスモデルと時流に乗り、若さと熱意と才能にあふれる人たちに囲まれ、身の丈に合わない仕事を任せていただき、この会社に育てていただいた。今でも、恵比寿や中目黒を通ると、ノスタルジックな思いに浸ってしまう。
しかし、何年たった後だろうか、会社の根底が揺らいだ頃を境に、熱狂期は過ぎ去り、また「会社で働く」ことへの疑問が首を出すようになった。大学生の頃のナイーブな感情が心のどこかに潜んでいて、まだ消えてはいなかったようだ。
自分にとっての「会社で働く」とは
「会社で働く」、それは自分にとっては「会社に雇用されて生きていく」意味なのだが、なぜ、このことについて悩むのかよく分からない。そんな悩みはいっさいがっさい飲み込んで、与えられた仕事に邁進すればよいのだが、自我という存在が必ず立ちはだかってくるのです。
小学校は6年、中学3年、高校3年、大学4年、学生時代は節目が短い。それなのに、会社となると、1社一筋何十年という世界である。不思議である (もう、そんな時代でもないか)。そして、自分も気づけば、10年も同じ会社にいるではないか。
悩むくらいなら、会社で働かなければよいだけの話なのですが、いやしかし、他の手が浮かばない。情けない。
結局、悩みが消えることはなく、のめり込んでいた仕事も、まったくもって成果が出なくなってしまいました。(それは身の丈に戻っただけなのでしょうが、僕の気持ちの迷いが少なくとも原因の一つだったと思います。ご迷惑をお掛けしてしまった方々にお詫びしたい思いは、今も消えることはありません。)
雇用と開業のミックス
その後、転職を経て、現在は、学校で非常勤講師をする傍ら、小さな英語塾を営むに至ります。
雇われているという点で、学校も会社と同じですので、今も「会社で働く」ことは続いています。一方で英語塾を営むことで、自分にとって新たなワークスタイルが加わりました。
フルタイムで全リソースを一社に投入する「会社で働く」スタイルから、「雇用と開業のミックスで働く」ことへの移行です。
自分で仕事を始めてよかったことは、ただただ真っすぐにお客様(塾なので生徒)を向いて、自分がよいと思ったことだけを、誰の許可を得ずとも、実行に移せることでしょうか。
では、会社員の経験はどうだったかというと、具体的にこれと言うのは難しいのですが、日々の判断や行動には、確実に活きています。
また、教える仕事を始めてからというもの、月曜日の朝を明るい気持ちで迎えることができています。悩んできた「会社で働く」ことへの葛藤がなかったら、今の仕事や喜びにはつながっていなかったことでしょう。
というわけで、今も「会社で働く」ことは片足を突っ込んでおりますが、雇っていただいている会社 (今は学校)とは、できるだけ対等の関係でいられるよう努力したいと思っています。そもそも雇われている時点で、また大きな集団に対して、対等でいることは不可能なのかもしれませんが、ひとつには、いつでも辞められる状態でいることなのかな。
それはネガティブな意味では全くなくて、会社への依存状態を脱却するという意味です。いつでも辞めることができるように、いや、お互いに持ちつ持たれつの関係になれるように、自分のスキルを上げていったり、自分にできる事を探したり。そのほうが、案外良い関係が長続きするのかもしれません。仲の良い友達とは、対等な関係で居続けられるように。
「魂の退社」を読んで
「魂の退社」を読んで、今までのことを振り返ってみたくなってしまいました。全くもって脈略のない散漫な文章を書いてしまってごめんなさい。
それと、本を読んで感化されたところを引用しようとしたのですが、「魂の退社」の一連のストーリーを断片的に切り取っても、うまく表現できそうもないので、やめました。ぜひ読んでみてください。
「会社で働く」ことについて考えてみたい方には、希望の書になりそうですよ。
貴重な考えの糧を提供してくださり、ありがとうございました。