ギボの遺品
ティッシュみたいなハンカチの木。
退職をしてから、植物をよく見るようになった。今までは、歩いている道の街路樹すらも、目に入らなかったのに。
そして、もう一つ。家のそうじをするようになった。
これまでは、本当に最低限の片づけのみ。見えないふりは、かなりの腕前だった。
今も、まだまだ見えないふりはしているけれど。
そうじをしようと思えたのは、時間に余裕ができただけでなく、ギボ(義母)のおそうじロボットがあるから。
もともと入退院を繰り返していたギボは、私の再発転移がわかったころから、だんだんと衰えがすすみだした。最後の病院は、ギボが大好きな和菓子屋さんの近くの病院だった。
そのお店で、ギボが大好きな生菓子(できるだけイロドリがはなやかなもの)を買って持っていくと、「うひゃあ~~。」と声をあげる。でも、食べない。「あとで 食べるわな。」と。
お正月になると、自分用の生菓子をいくつも買ってきて、一人で幸せそうに食べていたギボなのに。
私の治療が始まると、ギボの病院にもなかなか行けなくなった。愛息である夫が、毎日顔を出していたので、それで十分かと思っていた。
同居をしていたが、そんなに仲が良かったわけでもなく、大喧嘩をすることもなかったけど、割り切った関係だった。同じクラスにいたら、絶対にちがうグループだったはず。
それでも、随分と元気がなくなってきたことを夫から聞き、がんばって病院に出かけてみた。
「あ~。あんたか。」
と、ちらっと私を見てからは、あとはずっと目を閉じたまま。私がベッド周りを、片付けている間も、静かなまま。耳も随分と遠くなっているので、筆談用に、マジックと画用紙を使っての会話しかできないけど。
と、突然
「あんたも大変やなあ。でもな、なんとかなる。心配せんでもええ。なんとかなるもんや。私も、なんやしらん、こんななってしもたけど、なんとかなるもんやわ。」
と目を閉じたまま話し出す。
そして、そのまま軽いいびきをかいて寝てしまった。
結局、その時から数か月後にギボはギフの元に旅立ってしまったが、私は特に遺品が欲しいとは思わなかった。
もともと、物に対する執着が薄いのと、それに仲良くもなかったし、ギボのものは、ギボと仲良しだった娘さんが持っているのが一番いいだろうと思ったから。
ギボの部屋は、なんにもなくなった。押し入れの中も、すっかりからっぽ。
けど、気づいたんやけど
私が、一番ギボの遺品を使ってるかもしれん。
おそうじロボットを、それは便利に使わせてもらっている。何もなくなったギボの部屋をそうじするのに、とっても使いやすい。
これは、ギボが買ったものやった。
そういえば、おそうじロボットを買った当初、おそうじロボットが動くのをずっとついてまわっていたギボ。「なんや おもしろいなあ。」
おそうじロボットのスイッチを入れるたびに、その時のことを思い出す。
愛息である夫はというと、仏壇の木魚のたたき方がギボと全く同じ。乱暴に、落ち着きなく、2回ポンッポーンッとたたく。面白いので、私も同じようにたたいてみる。
元々は、仏壇なんていらんなあと言っていたのに、ギフがなくなった時に、ギボが買ってきた仏壇。
「仏壇がないのもなんやし、小さいのにするわ。小さいのでええなあ。」とか言って、注文をしに行っていた。
が、届いた仏壇は、まあまあの存在感のある大きさ。驚いて言葉がでない私たちに、「まっ、家具みたいなもんやしな。」と、目も見ないで言ってた。
仏壇屋さんにやられたんやな。のせられて買ってしまったのがありありと。
と、このエピソードも、ポンッポーンッとやるたびに思い出す。
雨戸をあけたついでにポンッポーンッ。お風呂マットを干すついでにポンッポーンッ。水やりついでにポンッポーンッ。
面白いので、ついついたたいてしまう。
仏壇の前に座るわけでもなく、写真に話しかけるでもなく、罰当たりな私たちだけど、これってしっかりやられてるなって思う。
おそうじロボットだけじゃなく
ポンッポーンッもしっかりと遺品になっとる。