パフォサーの君へ
教育学部5年、佐立歩生。名前の通り、歩いて生きることが運命づけられている。そして私は早大生である。100ハイに参加するには十分すぎるこの2つの理由を背負って、私は昨年の第60回本庄早稲田100キロハイクを歩いた。
100ハイがいかに狂った行事であるか、そして同時にどんなに素晴らしい旅が待っているかは、他の方のnoteを読めばわかると思う。
私に特筆できることがあるとすれば、所沢体育大会で優勝したことと、パフォーマンスサークル(以下:パフォサー)出身なことぐらいなので、その2つについて書いていく。
所沢体育大会で優勝し、超豪華な景品を勝ち取りたい人。それと、パフォサー所属の人。このどちらかに当てはまったらこの文章を最後まで読むこと。これは義務だ。
所沢体育大会
100ハイは2日間にわたって行われる。その2日目の朝にあるのが、所沢体育大会。
ちなみに、2日目の朝は100ハイスタッフがフライパンを使って優しく起こしてくれる。「8凸はできるのに一限には間に合わないお気楽なガキ共」のパフォサー諸君でも安心である。
こうして爽やかに起床は成功し、6時には歩き始める。2時間くらい歩くと、早稲田大学所沢キャンパスに到着する。そう、所沢体育大会の会場だ。
まずは全員に朝ご飯が支給される。パンである。体育大会に出る出ないに関わらず、このパンは必ずたくさん食べること。多ければ多い方がいい。パンを余らせてはいけない。食品ロスは誰かを苦しめる。食べられるだけ食べておくように。
さて、体育大会の参加者は、まず体育館の半分のスペースに集められ、みんなでラジオ体操をする。怪我すると元も子もないので体操はしっかりやっておく。
次に、バービーをする。運動部なら誰もがやったことのある、あのめちゃくちゃきついやつだ。これを「やめ」と言われるまでやる。やめと言われるまでやろう。
続いて、うさぎ飛び。運動部なら誰もがやったことのある、あのめちゃくちゃきついやつだ。これを「やめ」と言われるまでやる。やめと言われるまでやろう。
私的にはこのうさぎ飛びが一番きつく、両足をつった。足がつっても足を動かす力と精神力を、2日目の朝までに習得しておくことが鍵だ。
ここからはキツすぎて記憶が曖昧だが、椅子取りゲームとぐるぐるバットをやった。椅子取りゲームは運ゲーだが、ぐるぐるバットでふらふらになってもまっすぐ走るのは、普段からわっしょいで飲んでから高田馬場まで終電ダッシュをキメている早大生ならできるはずだ。
さて、ここまでの種目を勝ち上がってきたら、シャトルランをする。とにかく走る。もう50キロも歩いてきた足を、気合いで動かす。足はつっているどころの話ではなく、感覚を失っていたが、不思議と動かすことができた。諸君の早稲田精神をその足に込めて、ぜひ最後まで走ってほしい。
最後に、相撲をした。シャトルランのせいで何も覚えていないが、勝ったらしい。
こうして、所沢体育大会の幕は降りた。100ハイ自体もそうだが、はたから見たら無駄の一言で片付けられる。馬鹿だと笑う人もいる。だが、100ハイにも所沢体育大会にも、参加者という仲間がいる。
なんのためにやるかなんて考えていない。論理なんて存在しない。なんとなく面白いと思ったから、俺は100ハイに出た。所沢体育大会に本気で参加した。
早稲田には、自分が感じた面白さをどこまでも一緒に追求できる仲間がいる。最高じゃないか。
パフォサーの君へ
これまで早稲田愛に溢れる文章を綴ってきたが、元々私はこんなに早稲田文化に嵌っていた訳では無い。
私は3年生(4年生)までパフォサーに所属していた。当然、そのサークルを愛していた。だが、私は早稲田のことをほとんど知らなかった。100ハイに出たのは、現役を引退した後だ。学注は、所沢体育大会で優勝した時の学注が初めてだった。
にも関わらず、恥ずかしいことに、パフォサー文化こそが早稲田文化だとすら思っていた。
パフォサー諸君。
早稲田祭では我が物顔で大隈講堂ステージに立つのに、100ハイを歩くことは敬遠する。早慶戦はルールとか知らないから行かない。実は校歌も紺碧も学注もわからない。それでは「早稲田」と叫ぶ資格はない。何より、もったいなさすぎる。
君達がパフォーマンス中に叫ぶ早稲田という言葉。その言葉に宿る色々な人達の思いを、魂を、文化を、君達はどれほど理解しようとしているだろうか。
早稲田をもっと知ってみないか?
私が言いたいのは、これだけだ。
幸い、君たちには今年も100ハイがある。早稲田を知り、早稲田を好きになり、早稲田精神を培うにはこれ以上ない絶好の機会だ。
是非100ハイを歩き切り、早稲田でしかできない素晴らしい経験を積んで欲しい。
最後に
100ハイは、早稲田に残る数少ないバンカラ文化である。
私はバンカラ文化が好きだ。好きすぎて、卒論のテーマにしたぐらいだ。だが、今の早稲田のバンカラ文化は形骸化しているし、私自身もサークルでその一端を担ってしまっていた。
だからこそ、100ハイを通して多くの早大生がバンカラ文化を知り、体験し、残してほしいと願っている。
そして、各々がそれぞれの早稲田精神を芽生えさせ、昂揚させてほしい。
まずは、泥臭く100キロ歩け。
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