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受信する若者

 毎朝職場へ行くのに、〇駅で電車を下りてバスに乗る。
 始発バスだからいつも座れる。座る席は、必ず下り口の真横と決めてある。そうしないと下りる時が大変なのである。
 高校時代のバス通学で、人混みに阻まれて下りられず、次の停留所まで連行されたことが二度ばかりあった。十代の若者だったらそれをネタに使って、好きな女子の前で殊更に「こんなお茶目な俺」をアピールできるが、五十を過ぎてそんなアピールは面倒くさい。やるのも面倒だが、聞かされる側も面倒くさいに違いない。どちらも面倒くさいでは、マイナスばかりで釣り合わない。だからきっと下り口の横へ座ることに決めている。

 先日そうしていつもの席へ座ったら、隣に不思議な若者が来た。
 何だかひょろりと細長い人である。頭髪は短く刈られているが、トレーナーの肩にフケが落ちている。ヨレヨレのデニムを穿いて、黒いスニーカーは泥だらけである。どこを取っても一向清潔感がない
 彼は力のない目を窓外へ向けて何だかブツブツ呟いた後、じきにその目を閉じてしまった。けれどもどうやら眠ったわけではない。両手を膝に置き、目をつぶったまま、やっぱり何だかブツブツ呟いている。

 そうしてバスが動き出してからも相変わらずブツブツやっていたが、突然大きな声で「※※駅で非常停止ボタンが押されたため、確認のため運行を見合わせております。※※駅で非常停止ボタンが押されたため、確認のため運行を見合わせております」と言った。
 手は膝の上に置いたまま、目はつぶったままである。
 まさかと思ってスマホで見たら、本当にその時分※※駅で非常ボタンが押されていた。
 一体どうしてわかったものか、甚だ不思議であるけれど、話しかける気にもなれず、そうこうする内に彼は次の停留所で下りてしまったので、どうも片付かない心持ちがして困った。

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百裕(ひゃく・ひろし)
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