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フライングヒューマノイド

 スカイダイビングをすることになった。飛行機に乗って空高く上がり、パラシュートを背負って飛び降りる遊びである。人は高い所から飛び降りたら死ぬものなのに、わざわざそんなことをするのは、実に正気の沙汰と思えない。それでももう空の上で、飛行機の扉は開いているのだから、飛び降りざるを得ない。

 パイロットが一人とスタッフが一人、どちらも黒人でサングラスを掛けている。スタッフの分のパラシュートはないから、どうもこちらは一人で飛ばされるようだ。随分乱暴な気がする。
 パラシュートを背負ったのが、自分の他に二人いた。もやしのような男と、立ち居振る舞いのスマートな初老の男である。どこかの御曹司と執事らしい。
 もやしは何も云わず、顔色を青くして、機内の一点を見つめている。そうして時折、ほぉと溜め息をつく。
「大丈夫ですよ、坊っちゃん」と執事が言った。こちらは余裕があるようだから、もう何度か飛んだことがあるのだろう。随分落ち着いた、空気に馴染むような声で、それを聞いたら、不思議に自分も大丈夫な気がしてきた。
 もやしは何も応えないで、やっぱり一点を見つめている。よく見ると、口の中でもごもごと何かを唱えている。そうして時折ほぉと溜め息をつく。
 こんな者でも親が金持ちだから、と思うと、何だか腹が立って来た。
 彼の顔色は青を通り越して土気色に変わっている。このまま土人形になって崩れ落ちたら面白いだろう。密かにニヤニヤ笑っていたら、スタッフの黒人が「Go」と言った。やっぱり一人で飛ぶのである。
 雲が下に見える。足が竦んだところを「HaHaHa、Go!」と、背中を押されて空へと落ちた。
 ものすごい風を受けながら、頭からぐんぐん落ちて行く。こんなことをしていたら死ぬのに決まっている。果たして正気の遊びではない。
 あの黒人を、世界の終わりまで呪うつもりになった時、何かが背中から抱き着いて来た。
 執事である。
「こうですよ」と、執事は体を地面と平行にしてくれた。幾分落下スピードが落ちた気がした。
 じきに離れると、彼は今度は上を見た。少し上でもやしがじたばたしている。
「坊っちゃん、大丈夫です。手足を広げて、体を水平になさい」
 執事の声は風の中でも不思議に通る。一方、もやしは相変わらずジタバタしている。気の毒だけれど、これは死ぬだろうと思った。
 自分は再び頭を下に向けて落下を速めた。

 これまで、飛ぶ夢を時々見た。自分の飛ぶ夢は、ウルトラマンやスーパーマンみたいに飛ぶのではない。丘や階段の上からジャンプをすると、妙に高いところまで上がれる。あんまり高いものだから、落ちるのにも時間がかかる。そうして地面につく瞬間にまたポーンと蹴って跳び上がる。するとますます高く上がれる。これを繰り返すので、体勢はいつも頭が上にある。
 きっとこの夢を見ている時、その姿はメキシコの空に投影されているのだろうと思う。あちらで「フライングヒューマノイド」と云われているのは、飛ぶ夢を見ている自分に違いない。

 落下にも慣れて、楽しんでいたらいよいよ地面が近くなった。それでパラシュートを開くと、地上二メートルぐらいのところでふわりと上に引っ張られた。くるりと体勢を整えて、ひらりと着地した。テレビで見たのより随分低い位置だからやばいかと思ったが、甚だスムーズに着地できた。
 下りた場所は街の通りである。舗装はされていない。いるのはみんな黒人だ。地べたに物を並べて売っている人もある。男同士のカップルが一組、何だかいちゃついているようなので目を逸らした。
 執事ともやしはまだ降りて来ない。頭の上に落ちられても迷惑だから、さっさとその場を離れた。

よかったらコーヒーを奢ってください。ブレンドでいいです。