病、知識欲

 二十歳になって間もない頃、夜中に腹痛で目が覚めた。
 もっとも、痛いには痛いが大したことはない。一度寝て起きたら治るだろうと思ってまた寝た。
 するとじきに、また目が覚めた。今度は先刻よりも痛むようである。それから朝までうとうとしながら、痛みに耐えていた。
 ちょうど日曜で、病院は休みである。どうしようと思ったら、学生寮の先輩が休日診療所の場所を教えてくれた。隣の駅近くだった。
 では行ってきますと云って、体を「く」の字に曲げながら電車に乗って行った。もうこの時点では真っ直ぐ立てないぐらい痛かった。

 昨夜から腹が痛いと云うと、触診の後で鎮痛剤を出してくれた。それでひとまず痛みはなくなった。
 医師は、薬はあくまで応急処置だから明日必ず内科で診てもらうようにと云った。
 普段なら聞き流して済ますけれど、また「く」の字になるようではつまらない。云われた通りに翌日内科へ行った。

 ローソンの二階にあるクリニックだった。これも先輩に場所を教わった。
「えぇと、胃潰瘍ですね」
 レントゲンを見ながら医師が言った。
「胃潰瘍、ですか」
 何だかピンと来ない。
「それは、二十歳でかかるような病気なんですか?」
「年は関係ないです」

 それから暫く酒と煙草と辛い食べ物を禁止され、月一度のペースで診察を受けた。
 ある時診察室へ入ると、いつもの医師でなく年配の女医がいた。
 女医は一通り診察をして、「特に問題はないようです」と言った。
 それで終わりかと思ったら、他にも何だか云いたそうな様子をしている。
「ところで……、あなたは何なんですか?」
「え?」
 わけのわからないことを問う女医である。患者をつらまえて「何なんですか」は突然だ。患者は患者に決まっている。

「えぇ、だってね、そういう髪型で、それ、胸のところでジャラジャラしてるのを着けてるでしょう? それ、首飾り」
「はぁ……ヘビメタですが……」
「ヘビメタ!」
「ヘビメタです」
「ヘビメタっていうのは、どういう意味なの?」
 いつの間にかタメ語になっている。
「ヘビーメタルの略です」
「まぁ! 重金属なのね!」
 随分感心した様子である。
「私たちの業界ではね、メタっていうのは癌なんかが転移することを云うのよ。ここの癌がこっちに広がったりとかね」
 女医は転移の話をするのに、こちらの胸から喉を指す。何だか気分の悪い具体例だ。
「嫌ですね」
「そうなのよ。だから私はてっきりヘビメタっていうのはそこから来てるんだと思ってたんだけど……、まさか重金属とはねぇ……」
 何だか困ったわ、と云うような調子であった。
 自分はそれ以上何も云わずに、全体なんのはなしだろうか、と思っていた。


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百裕(ひゃく・ひろし)
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