セイント

 モグリの雀荘経営という商売柄、アクの強い人間は腐るほど目の当たりにしてきた。しかし完は別格だった。
 氷雨の夜、白シャツ姿の完は傘も差さずに私の店に現れた。常連の柿沼の紹介だと言うが、柿沼は廻銭を詰めきれないまま蒸発している。
 柿沼氏の穴埋めです。完はそう言って手に提げたコンビニ袋から百万の束を三つ掴んで私に手渡すと、濡れそぼった髪も拭かずに一人ワン欠けのチェアに腰掛けた。卓を囲む先客たちが揃って向けた奇異の視線を、完は一顧だにせず言い放った。
「残り一束。それっきりです。始めましょう、夜は短い」
 完は強かった。勝ち分は大きく叩き、負け分は小さく纏める。勝ち方にも負け方にも隙がない。引き絞られた眼差しと真直ぐに伸びた背がそのまま打ち筋に現れている。勝負への苛烈さと純真さが同居した打ち筋だった。
 やがて対局者の一人がパンクした。得体の知れない新顔に毟られ苛立っていたらしく、顔を真赤にして負け分の札ビラをばら撒いた。
 拾えよ、おら。男の怒声に完は怯えるでもなく怒りを露わにするでもなく、床に落ちた万札を淡々と拾い集める。全て拾い終えると、男をきっかりと見据えて言った。
「金を粗末にしてはいけません。金は持ち主の命そのものです。命は、敬わねばならない」
 およそ賭場に相応しくないその言葉が、私に完という人間を強烈に印象づけた。
 後日、他の客が居ない時に完に訊ねた。あんたは金に飢えていない、なのに何故そうも勝負に辛いのか。私の問いに、完は読んでいた文庫本をぱたりと閉じて答えた。
「勝負とは、祈りのようなものです」
 祈り。私の鸚鵡返しに完は頷く。
「勝負それ自体が、ヒトの理解を超えた何者かへの供物に思えてならないのです。神を信じてはいませんが、神楽を舞う人の気持ちは理解できます」
 数瞬、沈黙が室内を充たす。
 やがて、完が問わず語りに言葉を継いだ。
「これまでに三人を殺めました。一人は恩師。一人は親友。一人は父」

【続く】