これが地声なもんでして。
えー、大した話じゃないんですがね。ふと思ったんですよ。
「俺の声は低い」
って六文字で終わる話を、五千文字くらいかけてしゃべり倒してみてえなあって。
とにかくね、低いんですよ。声が。
普通にしゃべっているだけなのに
「怒ってるの?」
「体調悪いの?」
「世の中に怨みでもあんの?」
と心配されるのは日常茶飯事。
あげく、血の繋がった兄貴からは
「毒蛇が穴ぐらを這いずり回っている声」
と評される始末。お前の弟やぞ。
まー確かにね、おどろおどろしく低い声なんですよ。
思い返してみても、自分と同じくらい低い声の人に会った覚えはほとんどありません。というか、ハッキリいって多分いなかったと思う。
話を盛ってるって?
なら逆に聞きますけどね、初対面の人から
「ちょっとさ、『麒麟です。』って言ってみてくれない?」
って言われたことあります?
私ァ当然ありますよ。ここ三年だけでも五回は。
かえすがえすも、この声でオイシイ目を見たという覚えはありません。
低い声の男はモテる?なんすかその”メガネを外すと実は美少女”みたいな戯言は。
はやいとこ目を覚ましてください。その物語はフィクションです。
ただ、おもしろい目には会ってきましたね。汁粉に入れる塩くらいの、ほんのちょっぴりでしかないおもしろさですが。
その辺の話をいくつかしてみたいと思います。過度な期待を抱かずに聞いてやってください。
― ― ―
①健康診断の採血
二つ三つある話のなかでも、最もホット(直近)な話でして。
会社の健康診断がありましてね、その項目のひとつにあるわけですよ。採血が。
当方、子どもの頃から大の注射嫌いでしてね。
大の男になった今でこそ泣きわめきはしませんが、やっぱり痛いもんは痛いし怖いもんは怖いんですよ。
だもんで、採血の注射器なんか直視できません。席に座った瞬間から顔ごと視線をそらす有様です。
「どーですかー、今朝はなにも食べてませんかー?」
袖まくりした腕に消毒液ぬりたくりながら、看護師さんが聞いてきます。普通でしょ?
「そうっスね。今朝は何も胃に入れていませんわ」
こっちも聞かれたことに答えます。普通でしょ?
「ブフッwwwwwwww」
なんで普通じゃないリアクションが返ってくんの???????
「すっすいませんwwwwいい声してますねwwwwwww」
「はあ、そっスか。ありがとうございます」
「ッックククwwwwwwww」
この看護師さんのツボは川中州よりも浅すぎる。
「あ、あのwwwすいません、『麒麟です。』って言ってみてもらっていいですか?」
お前は何を言っているんだ。
今!!?
なんでよりにもよって今来た!!?
ここ三年で五回目の”麒麟です”リクエスト!!!!
冗談じゃねえよこちとら大キライな注射(採血)を早いとこ終わらせてえんだよ。そんな笑わせたら針がブレるだろ普通にアブねえだろ言うまでもねえだろすいません怖いんで帰ってもいいですか?
「・・・・・・麒麟です」
でも言っちまうんだよなあ。サービス精神がムダに旺盛だもの。みつを。
「ッハハハそっくりー!!!wwwwwwwwww(唐突に真顔になって)はい、じゃあじっとしててくださいねーチクッとしますよー」
「えっいやちょまハウッッ!!!」
いや、切り替え早すぎか!!!?
テンションの緩急自在すぎるだろ。アサシン用の特殊訓練受けてんの?それともただの情緒不安定なの?どっちにせよなんでこんな仕事やってんの?????
なんで俺、朝っぱらからこんな人に針をブッ刺されてるんだろう。
怖くて泣きそう、大の男だけど。
「はーい終わりましたーおつかれさまでーす。いい声でしたねー」
「・・・・・・(無言で会釈)」
美声を披露しようなんて気力はカケラも残っていませんでしたね。ええ。
― ― ―
②クライアントとの会話
身バレの関係で仕事内容は明かせませんがね、当方客商売の人間なんですよ。一応は。
できる限りお客様の要望には応えたいのが人情ですが、どうあがいても無理なモノは無理なんてことは、この世にごまんとあるわけで。
そういうときには、心を鬼に、とまではいいませんが、あえて心を絶対零度に凍てつかせて言うわけです。
「・・・という理由で、お客様の要望には応えかねます。申し訳ありませんが、どうかご了承ください」
言われた方は憤るか意気消沈ですよ。
今回のお客様はご年配の奥様。憤りこそしないものの、案の定意気消沈です。
このまま肩を落としてお帰りになられるんだろうなあ、申し訳ねえけど仕方ねえよなあ。
そんな事を思っていたらですよ。
奥様のほうから一言。
「お兄さん、歌は好き?」
何て???????
「は?・・・歌、ですか?」
「そう歌。アタシも歌が大好きなんだけどねえ。お兄さんいい声してるじゃない。カラオケで歌ったりしないの?」
いや、好きですよ歌。活字の次に好きだと言っていいくらいには大好きですよ。なんなら高校の部活は合唱部で、少人数ながら部長も務めさせてもらいましたよ。コロナで自粛してるけど、いまだに趣味のひとつはヒトカラですよ。
でもなんでそれ今聞いた!!!?
会話のさわりで言うならわかるよ。世間話から入るなんて交渉の基礎の基礎だもんな、そりゃあ理解できる。
でも残念ながら今回はバッドエンド確定なんですよ奥様。どうあがいてもそちらさんのご意向には添えねえんですよ。こっから大逆転狙うにせよ、その切り込み方は意表を突きすぎではござりませぬかマドモアゼル。
「ねえ、どうなの。何か歌ったりしないの?」
答えあぐねるこちらに、さらに畳み掛けるマドモアゼル。何故(なにゆえ)さっきまでのやり取りより熱が入っておられるのかと。
あー、もういいや。
受け答えの内容がどうだの品格がどうだの考えるのが、なんだかアホらしくなっちまった。
正直に言っちまおう。そうしよう。
「・・・・・・持ち歌は、美川憲一の”柳ヶ瀬ブルース”です」
「ああ~!!似合いそうな声してるわねえ~!!!!」
奥様、今日イチのテンションの使いどころはそこではございませぬ。
いやね、これが仕事じゃなかったらワタクシだってカラオケ談義に花を咲かせたかったですよ。なんならマダムとご一緒に、デューク・エイセスの”女ひとり”をデュエットすることだってやぶさかじゃあない。
でも悲しいかな、こっちは仕事中だしあっちは話を断られた身なんでね。この話はどこまでいってもここまでなんですよ。悲しいけどこれ戦争(ビジネス)なのよね。
肩を落としてお帰りになられるマダムを見送りながら、思いましたね。
(俺たち、こんな形で出会わなければ友達になれたのにな)
バトル漫画の定番セリフがピッタリハマるシチュエーションが現実に起こるだなんて、思いもしませんでした。
これも定番のセリフですが、アレですね。
”人生は何が起こるかわからない”
いや、こいつもここで使うセリフじゃねえだろ。
― ― ―
③ニコニコ生放送
七~八年以上前かな、ずいぶん昔の話ですけどね。
いわゆる”ニコ生”にハマっていた時期がありまして。
ハマっていたといっても、自分で配信するわけではありません。あくまで視聴オンリーです。
適度に過疎なゲーム放送枠に行っては、肉声でしゃべる放送者にコメントを打ち込んで、リアルタイムでやり取りをするのが面白かったんですよ。
ある日の配信中、ひとつのトピックスが話題に上がりました。
”イケボ(イケメンボイス)の定義について”。
まあ、話題に上がったというか、配信者がゲームしながら自分の思うところをしゃべっていたって感じなんですけどね。
話を要約するとこういうことです。
「最近のオタク界隈では、イケメンを想起させる気取った声を指して”イケボ”って言ってるけど、俺はそうは思わねえんだよなあ。若い頃の若本規夫だとか小林清志だとか、ああいうシブい声のほうがイケメンな声だと思うわけよ。みんなはどう思う?」
それを聞いてリスナー達は好き勝手言い合うわけですけどね。
しょせん雑談に上がった一瞬のトピックスですから、すぐに流れて次の話題に行くのが通常です。
ただ、その日はちょっと違ってて。
何の気なしに、自分もコメントしたんですよ。
「そりゃイケメンって言うよりは、”男前”な声のことなんじゃねえの?」
”男前”という言葉が、配信者の琴線に触れたんでしょうね。
あああそうそうそう男前!それが言いたかったんだよ!!という具合に膝を叩いていました。
で、こっからですよ。
話しているうちに、己の裡(うち)の自己顕示欲が鎌首をもたげてきまして。
思わず言っちまったんですよ。よせばいいのに。
「俺、たぶんアンタ(配信者)が考えるような声質をしてると思うわ」
「えっマジで!?じゃあスカイプ繋いで声聞かせてよ!!!」
やっちまったと思いましたね。晒し者になるのはイヤだと常々思っていたのに、結局自分から突っ込んでるんだから救えねえ。
当然、他のリスナーも煽り立ててきますよ。
そらあそうでしょう、配信ダラダラ見ていたら出し抜けに
「俺、自分の声オットコ前だと思うんだよね~wwwwww」
とか言い放つリスナーが現れたんだから。というか、俺が逆の立場なら絶対煽り倒す。
言った言葉と屁は取り返しがつかないとは言ったもんでしてね。
言った以上はやるしかねえわけですよ。敵前逃亡なぞ誰がするか。
「男前マダー?」「あくしろよ」「オラッ!出てこい>>1!!」
そんな罵声を尻目に、使い慣れないスカイプをモタモタと接続。
四苦八苦した末に、どうやら配信者とつながった様子。
「あー・・・これでいいのか。〇〇(配信者)さん、聞こえてる?」
「うおゥ!!?声低っく!!!えっマジでいい声してんだけど!!!!!」
素直ってのは美徳ですね。リップサービスではなく、素でそう思っているのが伝わる声でした。
他のリスナーも同様に驚いたのか、色々なコメントが流れました。
「マジでいい声でビビった」
「自分で上げたハードルを超えてくるやつ初めて見た」
「おもてたんと違う」
「なんだガチかよ。つまんね」
おい後半部分ふざけんな。でも俺がお前らの立場でもたぶん同じようなこと言うわ。
まあ、兎にも角にもこの場は俺が制した。あとは配信者と少しだけ話して、ソツなくこの場を去らせていただこう。
そんな具合に思っていた矢先、矢のように飛んできたんですよ。一つのコメントが。
「ちょっとさ、『麒麟です』って言ってみて」
ま た か よ 。
「きr・・・ハァ~~~~~(クソデカタメ息)」
放送中なのも忘れて、声に出てしまいましたね。俺はあと何回この言葉を人生で言われるのかと思うと気が遠くなりました。
えーえー、言ってやりますとも。
言わなきゃおさまりがつかねえでしょう、場の空気的に。
「あのねえあなた方。声の低いやつ見かけりゃそうやってフるの良くないですよ。言われたほうだって傷ついてるかもしれないんですよ、もっと人の気持ちを考えt麒麟です」
死ぬほどウケましたね、いっそ不本意なくらいに。
それをシメに、スカイプを切ってコメントでの参加に戻ったんですが。
配信終了後、配信者の方から個人的にスカイプが来まして。
少しだけ雑談をしました。
配信者
「いやー予想以上にいい声でしたわ。自分で配信したらウケるんじゃないですか?」
俺
「いや、ありがたいけどそれは無いっすね」
配信者
「あらら、なんでですか?」
俺
「単純に身バレが怖いのと、ニコ生は低年齢層が多いぶんノリについていけないことも多いということ。あと何より、今回ので分かったんスけど」
配信者
「うん」
俺
「見ず知らずの不特定多数に自分の声聞かせるのって、死ぬほど恥ずかしいんスね。僕には無理ですわ」
後にも先にも、自分の声を公開したのはその時限りでした。
ラジオDJはすごいとおもいます。まる。
― ― ―
まあこんな具合にですね、自分の低い声の話に散々付き合ってもらったわけですが。
こんな私にもね、憧れてやまない声質を持っている人がいるんですよ。
そりゃ誰かって?
チバユウスケ。
日本が生んだロックンロール・ジーザスの一人ですよ。
ホオジロザメの牙のようにギザギザとんがった超絶カッコいいしゃがれ声なんですよ。みんな大好きには程遠いけど、男も女も一度ハマればもうベタ惚れ。惚れたヤツなら一度は絶対こう思う。
「俺もこんな声になりたい!!!!!」
かく言う私もその一人ですけどね。
これまで幾度となくヒトカラで歌っては喉笛ブッ壊すというスクラップ&スクラップを経験して、涙ながらに悟りました。
「アヒルは白鳥にはなれねえ」
「俺と麒麟の川島はチバユウスケにはなれねえ」
って。
まあ、でもね。
なんだかんだ言ってもね、実は気に入ってるんですよ。自分の声を。
チバユウスケにはなれなかったけど、まんざら悪くもねえよなって。
初対面で麒麟の声マネせがまれて。
スナックで昭和歌謡歌っては、知らないおっちゃんオバちゃんに喝采もらって。
これはこれで、悪くないなって思えてますよ。
イケメンにはなれなかったけど、いかにも俺らしくていいなって。
俺自身が思う、俺らしくていいなって。
じゃ、今日はこんくらいにしときます。
お付き合いいただきありがとうございました。