クラヴマンの祈り
父祖から受け継ぐトウキビ畑こそが、ボギー・クラヴマンの総てだった。
夜明け前、妻の遺影の前で両指を組み、愛と祈りの言葉を捧げる。トウキビの粉を溶いた湯を啜ると、鍬、鋤、あるいはトウキビの種を携え畑に向かう。鍬と鋤にて赤土の塊を砕き、一粒一粒に慈しみを籠めて小指半の深さで種を植える。
クラヴマン家のトウキビ畑は、一族の歴史の当体である。飢餓に苛まれるラスバの集落を救わんとの一心から、クラヴマンの始祖は知識も道具も持たぬ身で痩せ枯れた土地を拓き、血みどろに成り果てながらコヨーテどもを蹴散らし、夕陽を背に祈りを籠めてトウキビの種を蒔いた。天を衝くほどに伸び盛った茎には、はち切れんばかりの大粒を纏うトウキビが無数に実った。甘露の詰まった黄金の粒は飢えるラスバの民を救った。更にはスターチ、そしてバーボンに姿を変え、不毛のラスバを潤した。奇跡の具象たるこの穀物は、クラヴマンの長子がラスバへの祈りを籠めて播種(はしゅ)した父祖伝来の畑にのみ実る。
夜ごと父が語る、遥かなる一族の物語。ボギーもその物語に連なった。
赤土に塗れた手で種を撒き、赤子を抱くようにトウキビの房を捥(も)ぐ。その傍ら、実りを狙う獣と人を退ける。猛り狂うバッファローの大群を、国境の兵を蹂躙した蛮族の軍勢を、始祖から伝わる身の丈三倍の大鋤を以て余す事なく撃ち伏せる。代を重ねるにつれ実りは豊穣さを増したが、簒奪者も強大さを増し続けた。
「クラヴマンこそ神の使徒、仇為す者は悪魔なり」
ラスバの民の喜捨により肥えた司祭の礼賛が、ボギーの耳を虚しく過ぎる。
悪魔の仕業ではない。ヒトの手に成る奇跡を認めぬ、傲慢なる神の妬みである。神が見捨てたラスバの護り手、神意に背いた人間たるクラヴマンなればこそ直観する。
故にその日も、ボギーは動じず大鋤を携えた。
畑の上空では赤竜が火を吐き旋回する。伝承には『意思ある災厄』『天上のけだもの』と謳われている。
【続く】