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逆噴射小説大賞2024ライナーノーツ【後編】

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泥とプラチナ

◯二作目。掏摸スリの話。今年の8月末に書いた。
 当初この作品を仕上げるつもりはなかったが、一作目の次に書いた作品が友人たちに不評だったため、やむなく制作に着手した経緯がある。

○本作の着想は、おれが私淑する浅田次郎先生の小説『天切り松 闇がたり』から得た。大正・昭和初期の東京が舞台のピカレスクロマンだ。なおシリーズ化しており、現在第5巻まで発刊されている。

 夜盗に強盗、掏摸に詐欺。各ジャンルの超一流を揃えた義賊の一門がプロの技を駆使して世直しを図るわけだが、そのプロの技というのがまた凄い。実際にはそんなの無理だろと思える神業を、ぐうの音も出ないほどの説得力を以て描いている。
 その中でも一際印象に残ったのが『息合わせ』という技法だった。家人の寝ているところに忍び込んだ夜盗が、その家の主と自分の呼吸を寸分違わず同調させる。そうすれば、その家の者は誰も起きることはない。
 以下、そのくだりを抜粋する。

 奥方は目覚めない。栄治は枕元に立ったまま、安らかな奥方の寝息におのれの呼吸を合わせているのだった。
 どこかで聞いたことがある。家のあるじと寸分たがわぬ呼吸を続ければ、家探しの物音を立てても、家族は誰ひとり目覚めない。
 そんな伝説のような話が本当にあるのだろうか。
 やがて栄治は口を半開きにして、やや大仰に唇を震わせるほどの呼吸を始めた。
 息がぴたりと合った。すると栄治は松蔵に目を向け、同じ早さの息をしろと手ぶりで言った。栄治と向き合い、松蔵も呼吸を真似た。
 奥方の寝顔に目を戻したとたん、栄治はいきなり、どんと片足を踏んだ。
 仰向いたまま、奥方ははっきりと目覚めた。いや、びくりと瞼を上げただけかもしれない。栄治はくわっと目を剥き、仁王立ちにつっ立ったまま呼吸を合わせ続ける。すると、奥方はじきに瞼をおろしてしまった。
 栄治はようやく寝台の枕元から飛び降りた。同じ呼吸を続けながら、どうだ見たかというように片頬を吊り上げて笑う。
 これでもう誰も起きやしないと、栄治の勝ち誇ったまなざしは言っていた。

出典:第六夜 黄不動見参(『天切り松 闇がたり』第2巻『残侠』に収録)/浅田次郎

 モノを盗む前に、まずその持ち主の呼吸を盗むという目の付け所。そして呼吸どころかその存在を丸ごと呑み込んでしまうかのような一連の描写に、おれはいたく痺れた。

◯いつか、自分もこういうシーンを描いてみたい。それもスリの技として描写したい。
 文体にせよ描写にせよ、おれは緊張感のあるものが好きだ。獲物の懐中から金品を抜き取るスリ行為は、それ自体緊張感があって良さそうな題材に思える。そこに件の『息合わせ』のような描写を絡めたい。そうすることで、緊張感と凄み溢れる作品を作りたい。そう考えたのが発端だった。

◯そう思ったのはいいが、そこからが存外に難しかった。
 実を言うと、この作品は昨年の大賞応募作の2発目として仕上げるつもりだった。しかし上手くまとめることができず、結局他の作品を2発目としてぶっ放している。結果としてはその作品が最終選考(=入選)にまで至ったが、自分の中では本作への未練が断ち切れていなかった。その後も何度か800字の形にしようと挑戦したが、何度やってもうまく行かず、テキストの死骸ばかりが積み重なっていった。

○今にして思うと、3つのポイントで躓いていた気がする。
 1つ目は物語舞台の設定。
 2つ目はスリの描写。
 3つ目はストーリーの構成。この3つだ。

○まずは1つ目、物語舞台の設定について。
 当初、本作は東京都心が舞台であることを冒頭で明示するつもりだった。書き出しで都心の一画を描くことで、初手の掴みとリアリティを作品に持たせる狙いだった。
 最初からそう決まっているなら簡単じゃないかと言われそうだが、田舎者のおれにはむしろ難題だ。一口に『東京』と言っても、東京の何処なのかをピンポイントで特定しないと始まらない。おれは昔東京に住んでいたが、23区のような大都会の地理には明るくない。もっと都心に出向くべきだったと悔やんだが後の祭りだ。
 結局、GoogleストリートビューでJR東新宿駅近辺をうろついては、目ぼしい場所が見当たらず落胆する日々を繰り返した。最終的に職安通りの大きい交差点を見つけたので、そのまま『職安通りの交差点』を物語の舞台とした。東新宿とかの地名は抜きにした形だが、いざ書いてみるとこの程度の解像度で十分だと思えた。
 読んでいる側にとってはどうでもいい話だが、おれにとってはここが一番の難所だった。ここが決まらなかったために、昨年10月から今年の8月まで足踏みしたと言っても過言ではない。己の悪癖である凝り性や完璧主義が祟った一例だと思う。

○2つ目、スリの描写について。
 1つ目の地名もそうだったが、おれは自作のリアリティが気になるとそれを徹底的に深追いする癖がある。ふだんは割とガバガバだが、一度気になり出すともうダメなのだ。本作の場合だと、スリ行為の何たるかを熟知しておかねば『息合わせ』のような説得力を文章に宿らせることはできない。そう思い込んでいた。

 ある時は、Amazonで2000円近くする古書を買って読んだ。

出典:賭博と掏摸の研究/尾佐竹 猛

 積読の本が一冊増えた。
 今のおれには使いこなせない代物だった。

 またある時は、海外のスリ名人の動画を観た。

 面白かった。ミスディレクションを追求した、FunにしてInterestingな内容だった。
 だが、おれの求めていたものとはだいぶ毛色の違う話だった。これがREALと言われればそれまでだろうが、この路線ではおれが目指す凄みを出すことは出来そうにない。
 ここまで来れば答えはほぼ見えている。つまり、己の想像で書くしかない。
 にもかかわらず、おれは書く踏ん切りがつけられずにいた。裏付けのない想像だけで説得力あるスケッチを描く自信がなかった。それでも書き切れたのは後述する出来事のおかげだが、それがなければ正直危うかったかもしれない。

○3つ目、ストーリーの構成について。
 最初に考えていた構成は以下のようなものだった。

主人公のスリが半グレに目をつける。

主人公が超絶技巧で半グレから財布を盗る。
↓ 
主人公がスリを決めた直後、謎の老人が主人公の盗った半グレの財布と、主人公の自前の財布を盗る。

盗られたことに気付いた主人公が老人に駆け寄る。老人は主人公を見込みがあると評しつつも、まだまだ半人前だとなじる。

主人公、憤りつつも老人の技量を認める。老人への弟子入りを申し出たところ、老人はあっさりと快諾する。ただし「実地訓練」を無事に切り抜けられたらと条件を付す。

その場を去る老人。後を追おうとした主人公の腕を、引き返してきた先刻の半グレが掴む。主人公の知らぬ間に、手には半グレの財布が握らされている。

 言うまでもなく長過ぎる。こんなものを800字に収められるわけがない。
 800字制限に苦しむこと自体は特別な話ではない。この大賞の参加者全員が直面することだし、おれも過去3回に渡って経験済みだ。
 だが今回は、この構成のどの部分に一番旨味があるのか見極めきれていなかった。せめてそれが判れば不要な部分をバッサリ切ってそれなりの形に出来るのだが、その判別が難しい。この辺りも、筆を進ませない障壁としておれを散々苦しめた。

○転機が訪れたのは今年の8月末だった。友人二人と2泊3日の旅行へ行くことになった。
 おれはnoteの記事を書いたあと、いつもこの二人に下読みを依頼している。しかも二人とも昨年の逆噴射小説大賞に参戦しており、そのうち一人は今年も参戦を表明している。何なら8月末のこの時点で応募作を4本も書き上げていた。実力や才能もさることながら、熱意がおれの比ではなかった。

○いきおい、旅行の道中では今年の大賞応募作の話題になることが多かった。友人が書いた4本のうち、どれを応募作にして残りをプラクティスとして発表するかの振り分け。そして、おれが書き上げた1作目への批評と2作目への期待。道中の話題の2〜3割はその話で占められていた。

○逆噴射の話で盛り上がる中、おれは申し訳なさを感じていた。
 すでに十分な本数を書き上げた友人への引け目もある。だがそれ以上に、自分の作品を楽しみにしてくれている友人たちに、未だ2本目を見せられていない事実が申し訳なかった。LINEやZOOM越しでなく、久しぶりに面と向かい合っている今だからこそ、こいつらに新作を読ませてやりたい。こいつらに新鮮な楽しみを提供してやりたい。

 レンタカーで山道を走っている時も。
 綺麗な海を見ている時も。
 ローカルのスーパーで買い出しをしている時も。
 民宿で酒盛りをしている時も。

 ずっと、そのことを考えていた。


○午前1:30、民宿の一部屋で寝ていたおれは寝床から体を起こした。両脇には友人二人が雑魚寝している。一応PCを持参していたが、キーボードをガチャガチャやってこいつらを起こすわけにはいかない。スマホを取り出してnoteの編集ページを開いた。

○ごたごた言わずに書こうと決めた。不出来でもいいからまずは800字の形にする。そして、この後も続く旅行の話題の一つにする。改稿はその後にいくらでもすればいい。

○幸い、最大の難所だった書き出しの一文はこの時点でクリアーしていた。あとは原点に立ち返って、『息合わせ』のような凄みと説得力あるスケッチを描くことに専念する。
 おれが『息合わせ』から得たインスピレーションは、獲物を丸ごと呑み込むような感触だった。ならば、その過程を詳細に描写する。獲物の歩くテンポ、呼吸、表情という外形。そして内面(心境)に至るまで、順を追ってトレースする。こうすることで主人公は獲物と完全な一体化を果たす。一体化している限り獲物はこちらに気づかないが、少しでも一体化がブレれば即座に気取られる。よし、この設定で行こう。

○フリック操作でスケッチを続ける傍ら、別の課題が頭をよぎった。主人公が獲物との合一を果たしたことを、読者にも一発で伝わるように描写したい。何かうまい表現はないだろうか。
 ふと、闇の中に獲物と主人公の二人だけが浮かび上がっている画が浮かんだ。黒塗りのベタを背景にキャラクター二人が相対している、漫画でよく見る構図だ。これを描けば良い。

  歩幅。吐息。人相。心境。獲物のすべてを盗り尽くした時、ユキオを取り巻く世界は消える。
 人も、音も、天も地も、すべてがふっつりと消失した闇の中を、獲物と自分だけが滑るように歩み寄る。

 良い感じだ。漫画でよく見るあの画を我ながら上手く表現できていると思う。邪魔者は居ない、在るのは獲物だけという構図を、これなら読者にも理解してもらえるだろう。

○スリ行為を成功させた時点で、字数は全体の1/4程度しか残されていなかった。やはり当初の構想をねじ込むのは無理だ。この残り字数で一応の形を作るしかない。主人公の盗った財布をさらに盗る老人を登場させてひとまずの幕としよう。
「その時、ユキオ(※主人公)は異変に気づいた」的な、違和感を説明・・する文章は入れない。字数制限もあるしそもそも野暮だ。あくまで一連の流れる行為の結果として、自分のスッた財布が消えたことを示す。その後に端的な、それでいて強烈な一文を入れる。読者に急展開を示すならこれで十分だろう。
 最後は老人のセリフだ。本当はこんな感じのセリフを言わせたい。

「その若さで『写し』を会得してるのァてえしたもんだ。だが、まだまだ半竹ハンチクの小僧っ子──」

 だが当然、字数に余裕はない。もっと端的に、エッセンスだけを抽出した呟きに収めるしかない。
 説明は要らない。一言で十分だ。旨味さえ伝わるのであれば。

半竹ハンチクがよ──」

 老人の呟きとそれに続く地の文を書き、最後に【続く】の二文字を入れる。

 午前3:20、夜闇の中で初稿が完成した。

 職安通りの交差点で、ユキオは今日の獲物を決めた。
 顔面に龍を彫った半グレが対岸から歩いてくる。肩で風切る仕草は高揚感の表れだ。パンツの右ポケットの膨らみは現ナマを詰めた財布に違いない。
 それをる。
 まずは歩調のテンポを盗む。BPMは112、一秒間に二歩足らずのペースを正確に刻んで接近する。
 次に呼吸。雑踏に耳を澄ませ獲物の呼気を聴き分ける。自信有りげな深めの息吹を寸分違わずなぞり尽くす。
 そして、心。表情と仕草から推測する。
 ナイフじみた眼光とそびやかす肩、威嚇のようで実は違う。自慢ドヤだ。困難なシノギを見事に決めた達成感と、そこから湧き立つ全能感。その二つが所作の端々から匂い立つ。ユキオは内心で唾を吐いた。
 どぶ鼠のくせしやがって、世界の王にでも成ったつもりか。
 ──だが、満更悪くねえ気分だ。
 歩幅。吐息。人相。心境。獲物のすべてを盗り尽くした時、ユキオを取り巻く世界は消える。
 人も、音も、天も地も、すべてがふっつりと消失した闇の中を、獲物と自分だけが滑るように歩み寄る。盗り切った状態でいる限り獲物は此方を認識しない。盗ったモノの一つでも取り零せばその瞬間に気取られる。
 盗ることはることだ。しくじればこちらが殺られる。
 頭の片隅で原則を反芻しながら、ユキオは獲物との完璧なシンクロを貫き通す。すれ違いざまに獲物の右ポケットから分厚い革財布を抜いた後も、獲物の気配が消えるまでシンクロを崩さなかった。
 現場から30m、ユキオはようやくシンクロを解いた。手掴みにした革財布を仕舞おうとして、己が何も手にしていないことと、スーツの懐に忍ばせた自前の財布が消えたことに気づく。
 盗/殺られた。
 顔から血の気が一気に失せる。咄嗟に振り返ると、作務衣姿の小柄な老爺が雪駄の鋲をちゃらつかせ歩いていた。手には黒革財布が二つ。
半竹ハンチクがよ──」
 老人の嗄れた呟きがユキオの耳を刺す。

【続く】

 ひとまずの形には成った。両脇で寝ている友人二人も、これなら面白がってくれるだろう。
 スマホの画面をOFFにして、おれは寝床に戻った。

○翌朝、友人二人のLINEに記事の共有用リンクを貼った。友人たちは大層驚きつつもその場で読み、以下の感想を返してくれた。

一人目(応募作を4本書いたやつ):
悪くない。題材も語り口も君らしくて良いと思う。一作目『クラヴマンの祈り』と比べても見劣りしない。
今年の君の応募作は二本ともエース級の貫禄が出ている。見ていて壮観。

二人目(昨年度の大賞に応募したやつ。作曲家でもある):
こういうのを待っていた。アウトローの空気が色濃く出ているのも良いし、どんでん返しも面白い。
歩調のBPMが112というのも良い。これが111とかだったらセンス無いと思ったけど良い塩梅。ちゃんと計測したことがわかる。

 やはり、生で聞く感想は良いものだ。面白く読んでくれたことを確認し、おれは安堵の溜息をついた。
 友人たちは口を揃えて「よく旅先でこんなの書いたな」と言ってくれたが、むしろ逆だ。2泊3日の旅行の最中という時間制限が、悪癖じみた瑣末な拘りを乗り越えさせてくれた。今となってはそう思う。感謝しかない。

○後日、別の友人に本作を読んでもらった。
 こいつは昨年『討手は闇に』という応募先の推敲を、実に半年近くに渡って協力してくれたやつだ。自分では文章を書かないが秀でた審美眼を持っている。本作の更なるブラッシュアップのためには、こいつの助言が欠かせないと思っていた。
 果たして、以下の感想が返ってきた。

・俺の好みのテーマではない。こういう世に仇為す悪党がイキってる話は好かん。
・好みを別にすれば、良く書けていると思う。特に「人も、音も、天も地も、すべてがふっつりと消失した闇の中を」のくだりは良い。
盗る瞬間の解像度は上げたほうがいい。ひとつまみ程度で良いが必要。
・個人的な意見だが、主人公名がカタカナだと子どもを連想してしまう。スーツ姿が描写されたことで大人だと判明し、そのギャップに一瞬戸惑った。
・これも個人的な意見だが、ラストの情報開示の順序は以下の方が好み。


 盗/殺られた。
 顔から血の気が一気に失せる。
半竹ハンチクがよ──」
 老人の嗄れた呟きがユキオの耳を刺す。咄嗟に振り返ると、作務衣姿の小柄な老爺が雪駄の鋲をちゃらつかせ歩いていた。
 手には黒革財布が二つ。

【続く】

 盗る瞬間の解像度を上げることについては即採用した。昨年、おれの最終選考作『セイント』に寄せられた審査委員長のコメンタリーでもその点に言及されていたからだ。ここで妥協はしたくない。主人公名の「ユキオ」を変えるかについては、少し気になったがそのままとした。
 最後の指摘、情報開示の順序については迷った。おそらくだが、理論としては友人の方が正解なのだ。だが何と言うか、良くも悪くも──はっきり言えば悪い寄りで──漫画チックな描写に思える。オチの一文も逆噴射応募作でよく見かける類型だ。あくまで小説として自然な、文章の流れる感触を目指すなら、原案の方に分がある気がする。
 相当悩んだが、ここは原案を採用した。この選択には友人も納得してくれている。

○そういう具合にブラッシュアップを重ね、一週間ほどで最終稿が完成した。すでに書き上げた一作目ともども開催初日の0時にぶっ放しても良かったが、何となく一拍置く感じで次の日に投下した。

○包み隠さず言うと、おれは本作を「二次選考は通ると思うが最終選考まではわからない」と評している。面白いのは確かだが、場面ジャンプもないワンシーン描写で終わっている、目を引く奇想があるわけでもなく現代性にも乏しいというのが理由だ。
 それでも自分らしい作品が書けた実感はあるし、友人たちも面白いと言ってくれた。だいたい二次選考の時点で高いハードルなのだ。それをクリアできそうと思えたのならそれで十分だろう。そう思いながら投稿ボタンを押した。


○程なくして、異変に気づいた。
 怒涛のような勢いでスキが押され続けている。パルプの書き手が集うDiscord『BARメヒコ』でも絶賛されている。「これは最終選考当確だろ」という声まで聞こえてくる。
 舞い上がるのを通り越しておろおろと困惑するおれをよそに、方々から称賛の声が寄せられた。多いがすべて掲載する。
 まずはX(Twitter)のポストから。

 
 続いて、ピックアップ記事。

◆盗◆

職安通りの交差点、掏摸スリが財布を盗/殺りに来る。その禅めいた業前は異能じみているが、何事も上には上がいる。掏摸から財布を盗る老掏摸は、ユキオを何処へ導くか。盗むは泥か白金プラチナか。

出典:◆気がついたらスキをつけていた「逆噴射小説大賞2024」作品まとめ02◆

すげえのがきた、と思った。トウキビ畑からはじまる今年1本目『クラヴマンの祈り』も好きだけども、この2本目はRTGサンが得意とする殺法で確実に仕留めにきたぞという鋭い切れ味がBIN-BINに伝わってくる。おそらくこれを読んだ大勢の人と同じように、ワシも主人公のスリ行為とシンクロ率100%になり、ワシはスリの達人としてスリっていた・・・。そうさせるにはゴイスーな情報の取捨選択チカラと自然な感じで情報を出す順番チカラとスリらしい単語の使い方チカラとスルスル頭に入ってくる文章チカラがすべて必要になるわけで、つまりはRTGサンがゴイスーということだ。昨年の最終選考作品『セイント』で「ほんの少しだけでも麻雀の何かを入れれば」と評されていた部分を、今年のスリではガツンとキメてきた凄さがある(狙ったかどうかはわからないので勝手な感想です)。一発目のスリ行為でここまでバチッと決めると、今後もスリ行為シーンはあるはず、あってくれ、と期待してしまうワシがいて、はたして二発目、三発目のスリはどう書いていくのだろうかと気になり、物語としてもどんな方向に進んでいくのか気になり、とにかくぜんぶ気になる。

出典:逆噴射小説大賞2024ピックアップ(前編)

昨年最終候補作の『セイント』もそうですが、こういうアウトローを書かせたらこの方は一級品だと思っています。中山文則作品や佐藤究作品の様な、ダークでハードで、しかし確実な芯や感覚を持ち合わせている悪人。明らかに関わっちゃダメだけど、絶対的なカリスマを持っている人物。こういう人物を書けるのは素直に羨ましいです。
スリの描写も緊張感がありつつ、定量的・外見的な側面から分かりやすく「全てを盗る」様子が描かれており、スリの世界を一切知らなくても「コイツは……相当なやり手だぞ」と思わせる説得力があります。なのに、それを遥かに上回る実力を持つ、謎の老人の登場。「盗む時に、盗まれちゃ意味がねえだろ」とでも言わんばかりのこの老人は一体何者なのか、ユキオは彼を前にどうするのか――と続きが気になる作品です。こういう形でも、ヒキを作ることができるのだな……という意味でも学ぶところのあった作品でした。

出典:【不定期雑記 #43-2】逆噴射小説大賞2024個人的PU

 昨年の「セイント」等々、プロフェッショナル描写に凄みと憧れを感じるRTGさんのピカレスク小説。昨年の投稿作品以上に「プロフェッショナルもの作品」としての描写力に磨きがかかっています……!
 スリの特殊技能を強い説得力をもって描写した後に明示される、さらなる強者の存在。今後「師弟もの」に展開していくようで、二人の物語の続きが気になります。

出典:「逆噴射小説大賞2024」 ピックアップ&感想文 ①

ピックアップ① 優勝してほしい部門 
 
『泥とプラチナ』

プロフェッショナルの仕事を描き切り、それが一側面でしかないことを外側から指摘する構図。見ているはずが見られている「覗き返し」の場面は、鑑賞体験のなかでも最上の味わいだと思う。

出典:逆噴射小説大賞2024 ピックアップ感想文

個人的に今年の大賞受賞作はこれになると思っている。このピックアップにおいては基本のキである「先の展開が気になるもの」や一歩ふみこんで「世界観が飲み込めるもの」を重視している節があるが、これはそれらを軽くクリアし、さらに「長編小説の自然な導入感」まで纏わせているところに大物の風格がある。その上主人公がやり手のスリだという情報を地の文で直接表現するのではなく、「獲物と自らをシンクロさせ、盗る」といった形で間接的に表現するという、かなり難易度の高いことをやってのけており、素直に降参だ。
また、逆噴射小説大賞においては最小文字数で最大効果を発揮することがもっとも重要だが、この作品は「半竹がよ──」という非常に短いセリフだけで「今主人公がいる場所」「老人の出身」などの背景情報が察せられるようになっており、卓越したセンスと円熟した技術を存分に見せつけてくれる。
私的800文字パルプオブザイヤー2024。まさに白眉である。

出典:逆噴射ピックアップ&ライナーノーツ

 もう何というか、現実味を欠いている。称賛の数も多いがその内容が凄まじい。金銀財宝の山が自分の庭に雪崩れこむ有様を、口を半開きにして呆然と眺めているような気分だ。

○だが、呆けてばかりもいられない。ましてや臆してなどいられない。
 おれは毎年「誰か一人にでも深く刺さること/一人でも多くの人に面白いと思ってもらうこと」を、賞レースで勝つことと同じく一番の目標に据えている。この記事を書いている現時点では二次選考結果すら発表されていないが、先述の目標は十二分に達成されたと言えるだろう。賞レースの行方はどうなるかわからないが、読者賞はおれのものとして勝手にもらっておく。
 そういうわけで、大いに胸を張って言わせてもらう。


 皆様、お楽しみいただき誠にありがとうございます。
 今回お寄せいただいた大絶賛の数々は、すべていさおしとして心に飾らせて頂きます。


○例によって長くなり過ぎた。キリも良いのでここで区切りとする。
 石を投げられそうな話だが、これだけ語り倒してもなお言い尽くせていないことがある。タイトルの意味、ラストの締め方の是非、そしてスリ行為を題材にした商業作品の存在。この3点だ。
 これらについては、二次選考結果発表の際に書く。通過しようが落選しようがきっちり書くのでごあんしんください。

○今度こそ終わりにする。
 1万字近くの長文にお付き合いいただき、誠にありがとうございました。スリンガー諸兄の武運長久を祈ります。