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木曜日の晩に
ほんとのところ、じいさんは甘い物が好きなのだと思う。私とホステス姉さんとで、菓子なんかを食べていると、鼻をクンクンさせて、もの凄く匂いを嗅いでいる。だから、一緒に食べようといつも誘うのだが、決して食べないのだ。
お気に入りはきんつばのようである。どこかの店できんつばを見かけようものなら、ガン見して、なかなか目が離せなくなるらしい。そうかといって買うわけでもないので、店の人にとっては怪しい限りである。
この間も、店で10分以上もきんつばをガン見していたので、とりあえず、きんつばを買い、店を出てから、じいさんに聞いてみた。
じいさんはもう十数年も前の話をしてくれた。
その日は、鎌倉に遊びに行ったんだったな。例によってお寺巡りをしていたんさ。で、長谷寺かどこかに行く途中に、道端から、ガラス越しにきんつばを作っている様子が見える店があったんだな。
薄い衣を纏って、几帳面に四角い形をしたきんつばが、鉄板の上にのせられて、ヘラで転がされてた。
それがとっても強烈で、またいい香りがしてて。しばらく眺めてた。買いはしなかったんじゃが。
それまで、きんつばって菓子を知らなかったな。で、何が強烈かってその几帳面な四角い形さな。
なぜだかわからんが、それ以来きんつばを見るとその四角い形から目が離せなくなっちまってな。
しかも訴えてくるんは、きんつばだけやね。ようかんとか、水菓子でも四角いのはあるんと思うが、そういうのはなにも言わんね。まあ、ようかんの艶っぽさを見るのは好きじゃが、きんつばとは比べ物にならん。
でな、時々きんつばを買って食うて見るんじゃが、これは!と思うきんつばに出会ったことがあらへんのよ。で、あん時、買って食えばよかったな~、と思うわけや。あれが理想のきんつばな。食うたことないけど。あれ以上のものはないな。
で、きんつばを見ると四角い形に魅せられ、目が離せなくなるんや。買いたいわけではないんや、理想のきんつばより上手いわけないやろ。あん時、きんつば買わんかった呪いやね。きんつばを見かけたら、一生ガン見せずにはいられんようになっちまったな。
ところで、今日、私は会社できんつばをもらった。金沢産である。これまでで一番おいしいきんつばだった。
形美しく、几帳面な四角で、ほどよい甘さ。中の小豆がひどく艶っぽく炊き上がってて。一口かじると、そのプリプリした姿をあんこの中から、露にし、崩れもせずにたたずんでた。ほんとに目にも口にも美味しいものだった。
じいさんに、このきんつばを食べさせてあげたら、なんと言っただろう。きんつばの呪いはとけただろうか。
あいにく、きんつばはひとつしかなかったので、じいさんの口には入っていない。