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またね、愛しき此処での日常

戸締り、よし。
ガスとか水道、よし。
荷物の置き忘れ、なし。

「おーい、大丈夫そうかい?」
「はい!全部大丈夫です!」

玄関先から響くテノールに、少し大きめな声で答える。

やっと秋の足音がしてきた今日。
福永せんせと私は、追分を後にする。

思えば、今年も割と長く滞在したなぁと思う。
7月の半ばから9月の下旬までだから…2ヶ月と少し、というところか。
毎年、夏が長くなりすぎてるから、ついつい長居してしまうんだよなぁ。

2階の戸締りを一通り確認して、たんたんと階段を降りる。

「おかえり。戸締り、見てくれてありがとうね」
「いいってことですよ。…あと、ただいまです」

階下の玄関で待っていてくれた福永せんせに、そう言って笑いかける。
2人だけで、しかも家の中だけど、この言葉。
君の帰る場所はここだよって、僕の隣だよって、たった4文字の中に篭められているみたいで、愛おしさで胸がくすぐったい。

「ん、よろしい。…なんてね。もう、愛らしいなぁ」

私の想いを知ってか知らずか、そう言って頭をふわふわ撫でられる。
大きな掌と骨ばった指に、全身すっぽりと包まれるみたいだ。

「……ねえ」
「ん…どうしました?」

「また、来年も来ようね。2人で、一緒に」

柔らかな笑みに、静かな優しさと誓い。

「ええ、勿論ですよ!来年もその先も。たくさんゆっくり、ここで2人で過ごしましょ」

全て受け止めたくて、私もしっかりと笑い返す。
と、花が咲くように広がる彼の笑顔。

「言ったからね?約束だよ…来年も、その先も、ね」

そんな言葉と共に、柔く触れる唇。
押し花のように約束を閉じ込めるような、静かな2秒間。
そっと唇が離れれば、秋の月みたいに優しく笑う福永せんせの顔。

「約束、ですね……えへへ、何だか照れちゃいます」
「もう、愛らしいなぁ。…ほら、早く靴履かないと。一緒に帰るんだろう?」

そうだった。甘く優しいひと時に、ついつい。
彼に見守られながら、そっと白のスニーカーに足を通す。
靴紐代わりのベルトを締めて立ち上がれば、「よろしい」と笑みを含んだテノール。

「じゃあ…行きますか」
「そうだね。また、来年だ」
「ですね。じゃあ……」

玄関先からふと振り返る。
2人でレコードを聴いたリビングも、大きなプリンを作ったキッチンも、仕事場や寝床にしていた階段上の2階も。
この夏も、思い出がたくさん降り積もっている。

「……またね。また来年、来るからね」

思い出だらけの追分に、ちょっとだけ手を振って。

「大丈夫そうかい?」
「……ええ、大丈夫です」

「よし、じゃあ…ちょっぴり名残惜しいけど、行こうか」
「…はい!行きましょ、福永せんせ!」

2人で手を繋いで、私たちは日常への帰り道を踏み出した。

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