愛しき夏の、お片付け
洗濯機が回る音と、微かな風の音。
視線をあげれば、風に踊る夏色のシャツたち。
「おーい!さっき入れた分終わったよ!」
福永せんせのテノールが、大きめに響く。
「来ましたね、第2陣!…よし、やりますか!」
私と福永せんせがしているのは、夏物の洗濯。
衣替えでしまい込む前に全部きれいにしようと、朝から洗濯機をフル稼働中だ。
洗面所に足を運ぶと、洗濯カゴに出されたシャツと目が合う。
この夏よく来たフィッシングシャツにチロルシャツ、福永せんせが気に入ってきていた淡い黄色のシャツと水色の開襟シャツも顔をのぞかせる。
「洗濯機から出しておいたよ」と少し誇らしげな福永せんせの顔が、少年のようで愛らしい。
「わ!ありがとうございます。助かります!」
「お、それは良かった。じゃあ折角だし、ベランダの方に持っていくのも任せてほしいな」
「頼りになりますねぇ。こんなに捗ってるの、せんせのおかげですよ」
多分、1人だと大変なことだし、途中で疲れて中断していたと思う。
この夏に着た服を全て、Tシャツからお洒落着まですべて洗って、干して、畳んで、しまうのだから。
でも、福永せんせのおかげでそれが大変どころか楽しくなっているし、事実捗ってもいるわけで。
「僕のおかげかい?」
そう聞かれたら
「もちろんです!」
そうサムズアップするのは当然と言うやつだ。
「そうかぁ、僕のおかげかぁ。…じゃあ、もっともっと精を出さないとね」
ほら、こうしてご機嫌に笑うなら尚更。
「それにしても、凄い数だよねぇ…そして、どれも大切に着た思い出があるから、なおさら凄いよ」
洗濯カゴの中を見ながら、懐かしむような、柔らかい声。
釣られてカゴを覗いて、思い出をふと振り返ってみる。
夏のはじめに古着屋でお迎えして、なんだかんだ沢山着た茄子紺色の開襟シャツ。
追分に向かう日に着た、猫の刺繍が入ったベージュのTシャツ。
福永せんせが追分で気に入ってきていた白いリネンの長袖シャツは、袖を曲げて着ていた名残がしわになってて。
この夏の思い出が、じわじわと優しく胸に込み上げる。
優しくて、温かくて、甘くて…優しい夏の、たった一度の今年の夏の、思い出が。
「ねぇ」
ふと、私を今ここに引き戻すように、福永せんせの声。
「長袖の季節になっても、また思い出を重ねていこうね。こうやって、また衣替えのときにこうして思い出して、懐かしいなって思えるようにさ」
温かで、優しくて、愛おしい申し出。
私の心の奥にじわりと広がる、少し塩っぱいノスタルジーを包み込んでくれるような。
「勿論ですよ!また秋服になっても…その先の、ニットの季節になっても、一緒にね。重ねていきましょ」
こんなにも愛おしい申し出に、NOなんて言えない。
というか、言えるわけない。
「もう、愛らしいなぁ。……一緒に、重ねていこうね。約束」
そう言って笑う彼の声が、私の耳を優しく撫でる。
愛おしい秋晴れの空の下、私たちにほほ笑みかけるように、開け放した窓から秋風がやわらかく吹き抜けた。