「誰も知らない取材ノート」〔序章8〕
中井由梨子が『20歳のソウル』を書くにあたり取材した記録。当時の様子が鮮明に書かれています。取材ノートのため、『20歳のソウル』に登場する人物以外の実名は伏せてあります。
さらに遡り、今度は二〇一四年八月四日の記事です。大義くんが大学一年生の年だと思います。まだ全く病気の影もなかった頃でしょう。こんな記事が書かれてありました。
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ウィンドミルの皆さまお疲れさまでした!
そして暑い中ホールまで足を運んでくださった多くのお客様、演奏会をお手伝いいただいた方々、エキストラの方々、本当にありがとうございました。
僕もこれから一団員として頑張ります!
これからもウィンドミルオーケストラをよろしくお願いします!
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記事には、その年の八月三日に習志野文化ホールで開催されたウィンドミルオーケストラの第四十回定期演奏会のチラシが掲載されています。「ウィンドミルに入ったんだ!!頑張ってね」というコメントも届いていて、大義くんは「ありがとうございます!」とコメントを返しています。ウィンドミルオーケストラがどういう楽団なのか気になってホームページを見てみると、昭和四十九年に発足していて、約半世紀活動してきた歴史あるアマチュアオーケストラ(日本アマチュアオーケストラ連盟所属)でした。いくらアマチュアとはいえ、大学一年生がいきなりオーケストラに入るなんて凄いなあと感心しました。私が想像している以上に大義くんはトロンボーンが上手なのかもしれないと思いました。ますます大義くんのトロンボーンの音色を聞いてみたくなってしまいました。
フェイスブックの記事はあまり更新されていなかったようです。二〇一三年に立ち上げられたようで、それ以前のものはありませんでした。やはりツイッターのほうが情報量が多いかもしれないと思いました。ページを閉じようとして、最後になんとなく、もう一度彼の「友達」欄を見てみました。五百人って、多いよなあ…と思いながら画面をスクロールしてそのリストを眺めていた私は、その瞬間思わず「あ」と声を上げました。その「友達」リストの中に高橋健一先生の名前を発見したからです。しかし顔写真ではなく、白狼が二匹という謎のアイコンでした。本当に高橋先生だろうかとその人のページを開いてみると、表紙にドーンと「市立船橋吹奏楽部」の文字。記事には市船吹奏楽部の定期演奏会の宣伝が掲載されています。これは間違いない、先生だと思いました。
フェイスブックは、直接面識がない人同士でも、「友達」申請をして、個人的なメッセージを送ることができる機能があります。ここから個人的にやり取りしてみようか、と思い立ちました。直接話すわけではなく文章でメッセージを送るのであれば、要点を分かりやすくまとめてお伝えできます。ただ、縁もゆかりもない相手からの突然のメッセージは先生を驚かせるだろうとも思いました。知らない人間からの「友達」申請は承認されないことも多いといいます。相手が見えない故の警戒心です。私もまったく知らない人からメッセージが届いたら、びっくりしますし、お返事を書いていいものか迷います。それにSNSを通じての連絡方法は、連絡先が分からない相手にどうしても連絡する必要がある場合には便利ですが、通常はやはり不躾なものです。やはりきちんと学校に電話をしてお話をするのが礼儀だと思い直しました。
しかし、と再び私は思いました。万が一ということもあります。もしかしたら先生がちゃんと読んでくださって、お返事をくださったら、きっと取材の申し出もしやすくなるに違いありません。それに何より私は書くのが仕事ですから、自分の想いを伝える手段としては、電話よりメールのほうが得意だったのです。
悩んだ末、私は思い切って、高橋先生に宛てて個人メッセージを送ることにしました。翌日(四月二十七日)の昼間、まずはパソコン内にメモ帳を開き、メッセージを下書きしました。1行書いては直し、書いては直し、全文仕上げては直し、何度も何度も読み返しながら、実に二時間以上もかけて私は先生へのメッセージを書きあげました。以下がそれです。
『初めまして。突然のメッセージ失礼します。
今月、朝日新聞社サイトで掲載された市立船橋高校吹奏楽部卒業生の浅野大義さんのニュースを見て、深く感動いたしました。
私は、いま都内でフリーの脚本家・演出家として活動しています。浅野君の生き様に、同じクリエイターとして感銘を受け、ぜひ本を書かせていただきたいと思いました。ですが、お心を痛めていらっしゃるご遺族の方に、見ず知らずの人間がいきなりお話を伺うのは良くないことと思いましたので、不躾な申し出ではございますが、すぐ近くで見守っておられた高橋先生にお話を伺えたらと、コンタクトを取らせていただいた次第です。
フェイスブックを通じての申し出で大変申し訳ありません。御返事をいただけましたら幸いです』
今の自分の正直な気持ちを表現できたと思えました。だからといって完璧でもないような気がしました。「大義くんの生き様に同じクリエイターとして感銘を受け」と書いたものの、いったい何をもって「生き様」というのか自分でも分かりませんでした。どちらかというと私が着目していたのは大義くんの「死に様」なのですから。「人の生き様は死に様に表れる」とも言いますし、決して嘘ではありません。A氏に一度見ていただいてアドバイスをもらおうかと思いましたが、そこまでご面倒はかけられないと思い、このまま送ることにしました。読み返せば読み返すほど直したくなってしまうのでキリがないと思い、これでいいとしてメッセージ本文に入力しました。それからも、しばらく送信ボタンをクリックできずにいました。本当に大丈夫だろうか、失礼はないだろうかとまだ考えていました。が、もっと良い文章が生まれてくるわけでもなし、ここで止まっていても何も物事は始まらないと思い「エイヤ!」と送信しました。
(続く)
中井由梨子(作家・脚本家・演出家・女優)
代表作『20歳のソウル』(小学館/幻冬舎文庫)
映画化決定!2022年全国公開
出演:神尾楓樹/佐藤浩市
取材を初めて4年。
大義くんが愛した「市船吹奏楽部」はコロナの感染拡大で、苦難の時に立たされています。今年3月に行われた映画のロケでは、部員の皆さん総出で出演・協力してくださいました。顧問の高橋健一先生の熱い想いとともに、部員の皆さんのひたむきさ、音楽を愛する心、市船を愛する心がひしひしと伝わってくる撮影でした。市船の皆さんに恩返しするためにもそして皆さんに出会わせてくれた大義くんに喜んでもらうためにも来年の映画公開に向け、少しでも多くの皆さまに、「市船吹奏楽部」を知ってほしい。私が『20歳のソウル』の前に書いていた取材ノートを公開します。取材当時の様子が鮮明に描かれた記録です。私自身のことも多く書いてあり、少し恥ずかしいところもありますが、私と大義くんとの出会いを追体験していただけたら幸いです。
皆さまのお心に「市船soul」が鳴り響きますように。
大義くんからの「生ききれ!」というメッセージが届きますように。
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