「誰も知らない取材ノート」〔序章3〕
中井由梨子が『20歳のソウル』を書くにあたり取材した記録。当時の様子が鮮明に書かれています。取材ノートのため、『20歳のソウル』に登場する人物以外の実名は伏せてあります。
タカタカタッタ、タカタカタッタ、タカタカタッタ、ドンドンドン、というドラムと太鼓の速いリズムが打ち鳴らされました。私は面食らいました。まさかこんな音が出てくるとは思わなかったからです。場内のすすり泣きを蹴破るような音です。ドンドンドン、という太鼓の三連符は力強く耳に響きます。ドラムに続けて一斉にメロディが鳴りました。短音階で速いスピード。暗めの旋律なのに力強く迫りくる感じ。「なんだ、これは!」と思いました。さらに驚くことに曲の節目で奏者たちは口から楽器を放し、叫んでいます。「タイギ、タイギ、タイギ!」そして再び楽器を構え、あのメロディを繰り返します。ドラムと太鼓は相変わらず速いリズムを打ち続けています。画面の下にはテロップで表示がありました。
「♪大義さん作曲(市船ソウル)」
これか!と思いました。それが『市船soul』でした。まったく想像していなかった音でした。応援曲っぽくないような気がするし、掴みどころがないのに妙に耳に残る、という感じです。楽器を吹く若者たちは、みんな泣いています。さっき指示を出した男性も嗚咽を隠せない様子です。
急に画面が違う映像にオーバーラップしました。大きな旗が振られています。全長五メートル以上はあると思われるその旗には『市船吹奏楽部』と大きく書かれています。旗を振っているのは上半身を露わにした青年でした。旗を振る彼の周りでは、派手な衣装を着た男女が激しく踊っています。近くには川が流れていて、草むらがあります。その青年の横顔がクローズアップして静止しました。これが亡くなった浅野大義くんなのだと思いました。吹奏楽部なのにどうして上半身裸で旗を振っているんだろう、という素朴な疑問が湧きました。この疑問は、後の取材によって明らかになるのですが、その時の私は、その若者らしい健康的な動きを見て、とても若くして亡くなった人のものとは思えない、と感じていました。と同時に、この告別式の映像がこうやって過去の映像と共に編集されているのに驚きました。一体だれがこの映像を作ったんだろうと思いました。「ご遺族提供のDVD」とありましたから、ご家族の誰かが作成したものかもしれません。
大義くんの静止画が消えてゆき、画面は再び告別式会場に戻りました。未だ『市船soul』の鳴り響く中、たくさんの人の手によって棺の蓋が閉められようとしていました。棺の中は色とりどりの花で溢れています。きっとそこに大義くんが眠っているのでしょう。ハンカチを握りしめ顔を覆う女性がいます。大義くんの遺影を胸に抱き、周囲の人々に何度も頭を下げている小柄な女性がいます。大義くんのお母さんでしょう。その母親の身体を支える女子高校生の姿がありました。妹さんかもしれません。
出棺を終えたのか、高橋先生が右手を上げると、『市船soul』は長音階に転調して華々しく演奏を終えました。その終止符と共に、最後に映し出されたのは横断幕でした。式場の壁に貼られたものでしょうか。白地に黒のダイナミックな毛筆でこう書かれています。
「浅野大義君 市船soulは永遠だ 船橋市立船橋髙等学校」
(続く)
中井由梨子(作家・脚本家・演出家・女優)
代表作『20歳のソウル』(小学館/幻冬舎文庫)
映画化決定!2022年全国公開
出演:神尾楓樹/佐藤浩市
取材を初めて4年。
大義くんが愛した「市船吹奏楽部」はコロナの感染拡大で、苦難の時に立たされています。今年3月に行われた映画のロケでは、部員の皆さん総出で出演・協力してくださいました。顧問の高橋健一先生の熱い想いとともに、部員の皆さんのひたむきさ、音楽を愛する心、市船を愛する心がひしひしと伝わってくる撮影でした。皆さんに恩返しするためにもそして皆さんに出会わせてくれた大義くんに喜んでもらうためにも、来年の映画公開に向け、少しでも多くの皆さまに、「市船吹奏楽部」を知ってほしい。私が『20歳のソウル』の前に書いていた取材ノートを公開します。
これは、ごく一部の出版関係者の方にしかお見せしていませんでしたが、取材当時の様子が鮮明に描かれた記録です。私自身のことも多く書いてあり、少し恥ずかしいところもありますが、私と大義くんとの出会いを追体験していただけたら幸いです。皆さまのお心に「市船soul」が鳴り響きますように。大義くんからの「生ききれ!」というメッセージが届きますように。
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