![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/132480209/rectangle_large_type_2_d39d77ad0ae54cc3dd4d9a75ca45e9ca.png?width=1200)
私たちは何も考えずに「脳で物を考えている」と思い込んでいないか
現代に生きる私たちの多くは、「脳」こそが「精神を司る臓器」であることを知っています。
しかし、これは歴史的に見ればそれはほど「アタリマエ」のことではありません。
そもそも私たちは「精神を司る臓器は脳である」という説を本当に理解しているのでしょうか?
「だって医者も科学者もみんなそう言っているから」という理由で「脳で物を考えている」などという教義を信じているとしたら、「精神の本体は心臓である」と信じていた人たちと本質的に何ら変わりませんよね。
「脳が精神を司る臓器」であることはどのように知られるようになったのでしょう。
今回はこの素朴な疑問を掘り下げていきましょう。
脳の働きは日常的事実から推測できるか?
まず、話を簡単にするために別の臓器のことを考えてみましょう。
肺が「空気を取り込む臓器」であることや、胃が「食物を溜め込む器官」であることは、自分や他人の身体を見たり触ったりすればそれなりに納得できます。
しかし脳はこうした臓器と違って、「活動している様子」をはっきり捉えることができませんね。
素朴な日常的観察からは、「脳が精神を司る臓器である」と確認できる事実を指摘することは容易ではないのです。
極端な事例として、「頭を強くぶつけると気を失う」というのは根拠として挙げられるかもしれません。
しかしよく考えてみて下さい。
腹パンされても気を失うことはありえますよね。
また、胸部に不運なタイミングで打撃を受けると、気を失うどころかそのまま死に至ることもあります(心臓震盪と呼ばれる現象です)。
「頭を強くぶつけると気を失う」ことを根拠に「脳が精神を司っている」と主張するなら、「腹や胸も強く叩かれると気を失う」という根拠から「つまり腹や胸も精神を司っている」という結論も導かれてしまいますね。
「首を絞めると意識を失う」というのは分かりやすい例に思えるかもしれませんが、この事実は「心臓と循環系が精神を司っているため、この流れが滞ることで精神が阻害される」とか「呼吸器系が精神を司っているため、肺が空気を取り込めなくなると精神が阻害される」という仮説でも説明できてしまいます。
実は、過去の賢人たちもこうした「脳の活動を観察する困難」に振り回されてきました。
これからその例を見ていきましょう。
紀元前の賢者達、かく語りき
ヒポクラテス
世界で最も有名な歴史上の医師として、古代ギリシアのヒポクラテス Hippocratesという人がいます。
紀元前460年の生まれとされていますから、約2500年も昔の人ですね。
彼の信奉した「四大体液説」という生理学は、はっきり言って現代的な生理学には全くと言っていいほど生きていません。
しかし彼の臨床家としての評判や技量は高かったようで、臨床的な観察や姿勢に関しては現代でも見るべきものがあります。
実際、ヒポクラテスは脳が「思考」や「身体を動かす信号を送る」といった機能を持っていることを認識していたようです。
ヒポクラテスは現代で言う「てんかん」や「脳卒中」に相当する記録を残していますし、著書の中には解剖をしなければ知り得ない知識もありますから、現実の観察から正しい結論に至っていたのかもしれません。
(欲を言えば根拠となった観察をより詳しく残してほしかったものですが)
プラトンとアリストテレス
さて、ヒポクラテスより一般に知名度の高い古代ギリシャの知識人として、アリストテレス Aristotelēsがいます。
紀元前384年の生まれとされていますから、ヒポクラテスより80年ほど後に生まれていることになります。
アリストテレスは「哲学者」とも言われますが、彼のスコープは「現代で言う哲学」よりもずっと広く、現代であれば自然科学に含まれるような学問(天文学や物理学や生物学など)も扱っています。
「万学の祖」とも称されているくらいですから、実質的には「総合学者」とでも言った方が良いでしょう。
(「万学の祖」よりも古く「医学の祖」であるヒポクラテスが活躍していたことは特筆すべき事実ですが)
そんなアリストテレスは、「精神の座は心臓である」と考えていました。
これは最初に述べた「日常的観察」に基づくなら、それほど的外れとも思えません。
私たちは精神が乱れた時、すなわち怒ったり驚いたりした時に、心臓がドキドキと強く速く脈打つことを経験しています。
つまり、「心理的な変化に最も顕著な反応を示す臓器」の一つが「心臓」であることは否定しようがないでしょう。
(ここで「心」と言う漢字が共通しているのも偶然ではありません)
しかも、心臓が止まると人間は意識を失います。
こうした日常的観察から考えれば「精神を司る臓器は心臓である」という推論もあながち的外れとも言えないでしょう。
では、アリストテレスは脳を何だと思っていたのか。
彼は脳を「心臓から出てくる血液の放熱装置」に当たるものと考えていたようです。
面白いことに、アリストテレスの師であるプラトン Platoは「魂は脳に、情熱は胸に」宿っているという思想でした。
「情熱」と対置されることから、ここでの「魂」とは「理性」に近いニュアンスを持っていると考えられるでしょう。
後から学んだアリストテレスの方がより知識と情報を持っているはずなのに誤った結論に至っている……というのは興味深いことですが、単純に当時の技術水準ではこうした対立仮説を検証する手段に乏しかったことが原因かもしれません。
ちなみにアリストテレスは、ヒト以外の動物についてはよく解剖して観察しており著書も書いていましたが、人体解剖は基本的に行っていなかったようです。
さらに余談ですが、プラトンはヒポクラテスのことを知っていたようで、プラトンの記した対話篇には若き日のヒポクラテスが登場します。
ヒポクラテスはアリストテレスの師であるプラトンやソクラテスと同世代なわけですね。
プラトンが「精神の座は脳である」と考えるに至ったことに、臨床医であったヒポクラテスの影響がどの程度作用していたのかは、限られた資料から想像することしかできませんが。
ガレノスの教えは近代へ
次に登場するのはガレノス Galen (ガレヌス Galenus)です。
彼は129年の生まれとされていますから、前項で紹介した人々の時代から500年以上の時が過ぎています。
ガレノスの生理学は「プネウマpneuma」という生命エネルギーで様々な生理現象を説明していました。
(余談ですがこの「pneuma」は現代の医学用語にも残っており、しかも「気胸pneumothorax」など「空気」と関連する語が多いです。その理由はこれから分かると思います)
贔屓目かもしれませんが、ガレノスのプネウマ説はヒポクラテスの四大体液説よりは多少進歩していると言える部分が多いように思います。
例えば、「プネウマは肺から取り込まれ、心臓はこれを脳に送る」といった説明がなされますが、これは「プネウマ」を「酸素」という現代的概念に置き換えれば、それなりに正しいことを言っていると考えられるでしょう。
そして特筆すべきは、ガレノスが知性や思考を脳と結びつけたことです。
断言まではしていないようですが、彼は「脳の損傷」が「想像、推理、記憶」に障害をもたらすという関連にも言及しているようです。
これが実際の観察から得た確信だとすれば、「脳が精神を司る臓器である」ことに実証的に言及している人物としてはかなり古い部類に入ります。
それだけでなく、ガレノスは「脳」と「神経」が本質的に同じものであるという点についても指摘しています。
ガレノスの医学は、当時としては非常に実証的かつ先験的であったと言えるでしょう。
ちなみに、ヒポクラテスを現在の地位まで押し上げたのもガレノスだと言われます(梶田, 2003)。
ガレノスはヒポクラテスを大いに尊敬し信奉していました。
そしてその後、ガレノスの著書は中世までヨーロッパで広く教科書として扱われていたのです。
「数多の歴史上の名医の中の一人」であったヒポクラテスが「再発見」される機会はガレノス以前にもありましたが、近代までの医学の流れを決定づけたガレノスがヒポクラテスの教えを至上としていたことで、ヒポクラテスが神格化される決定打となったのですね。
しかし、「ガレノスの書は近代まで広く読まれていた」という事実は、裏を返せば「少なくとも近世まではガレノスの医学を塗り替えるほどの目覚ましい医学の進歩は無かった」とも考えられます。
「脳」と「精神」との関連性を観察する機会も、医療が進歩して脳疾患の診断や治療が可能になるまで、おそらく大きな変化は無かったことでしょう。
さて、いよいよここから近代の著名な学者や医者たちに登場してもらって、「脳が精神を司っている」という「現代的脳観」に至るまでを語りたい……ところですが、長くなってきたのでこの記事は一旦ここまでにしましょう。
それではまた次の記事で。
続きを書いたら↓ここにリンクが付きます。
確認テスト
以下Q1~Q3の太字の各文について、誤りがあれば修正しなさい。(解答・解説は下にあります)
Q1: 「ヒポクラテス」は5世紀の哲学者である。
Q2: アリストテレスは動物の脳を見たことがなかった。
Q3: ガレノスはヒポクラテスの理論を継承し、四大体液説を発展させた。
以下に解答と解説があります。
解答・解説
A1: 「ヒポクラテス」は紀元前5世紀の医者である。。
ちなみに「紀元前5世紀」で紀元前500年~紀元前401年を指すらしいですよ。
↑私もいま自信なくて調べました。
A2: アリストテレスは人間の脳はおそらく見たことがなかったが、動物の脳を見たことがあったと言われている。
本文にも書いたように、アリストテレスは動物学には非常な興味を持ち、現代で言う比較解剖学に相当する著書も記しています。
しかし人間の解剖は行っていなかったようです。
実はアリストテレスの親は医者だったと言われております。それもあってアリストテレスは医学を嫌っていたのではないか、といった指摘(梶田, 2003)もあるようですが……真偽は定かではありません。
A3: ガレノスはヒポクラテスを強く信奉していたが、四大体液説を継承せずにプネウマ説で生理現象を説明した。
ガレノスは、医学的理論についてはヒポクラテスを盲信しませんでした。
これも本文に書いたとおりですが、四大体液説は現代的な視点で読み解くことはかなり困難ですが、プネウマ説については現代的な視点で解釈可能な部分もあり(私の印象ですが)、好意的に見れば「ある側面では現代の生理学に一歩近づいている」とも捉えられそうです。
【参考文献】
梶田 昭. 医学の歴史. 講談社学術文庫; 2003
森岡 恭彦. 医学の近代史 苦闘の道のりをたどる. NHK出版; 2015
Malcolm Jeeves (著), Warren S. Brown (著), 杉岡 良彦 (翻訳). 脳科学とスピリチュアリティ. 医学書院; 2011
國方 栄二 (翻訳). ヒポクラテス医学論集. 岩波文庫(青901-2); 2022