空手。
小学校4、5年からだったか
空手を始めることになりました。
私たち兄弟は体が弱い方で、
アレルギーなどは無いのですが、とにかく風邪を引く。
私は熱を出すと高熱が出るタイプで、肌も弱く拗らせるタイプでもあり、精神面でも弱かった事もあって、体力もつくし自信をつけるためにと母に半ば強引に勧められて始めることになります。
私の通っていた道場は、生徒が10人ほどの少人数で、月謝も少なく先生が趣味の範囲でやっているような道場でした。
が。
めちゃくちゃ厳しい。怖い先生でした。
今考えても本当に怖い先生です。
練習を始める前に神棚の前で整列し一礼。先生に一礼しウォームアップを始めます。
が
その時道着に乱れがある生徒はその場でズボンから着直しさせられます。(要は全部脱いで着直しですね)
あまりにも酷い乱れ方をしてる場合投げられます。
入ってくるところからやり直しです。
それは親が付いていようが関係ないです。
空手は精神をも鍛えるスポーツであるため、道着の乱れは精神の乱れと言っていた気がします。
ウォームアップはツキと蹴りを先生が「やめ」というまでやります。(大体10分ぐらいだったと思います)
ツキは四股を踏んだ状態で右、左と先生の「はい」の合図でついていくのですが、疲れてくると腕が下がってきたり、足が限界に近づくと腰が浮いていきます。
その度に先生に腕を叩かれ、太ももにカカト落としを入れられ、先生の怒りに触れると後ろから思い切り蹴り飛ばされます。
男も女も、小学生も高校生も平等にみんな蹴り飛ばされます。
泣いてしまう子もいましたが「帰れ」の一言でみんな涙は引っ込みます。
蹴りは少し斜めに立った状態でやや上方向に向け真っ直ぐに空を蹴ります。
溝内あたりに足のつま先が来る高さに蹴ります。
最初の頃は鏡越しに見ていても中々できないのです。
なので先生は、入ってすぐの頃に溝内打ちをします。この高さだと体に教えるのです。
そうです溝内です。急所です。
めちゃくちゃ痛いです。痛いってもんじゃないです。
打たれた直後は呼吸が止まります。一瞬ですが。
その後激痛が来ます。
もちろん子供相手ですので、先生も本気ではないはずです。
ですが全員泣きます。痛すぎて泣きます。
二度と打たれたくないと思うので必死になるんですよね。
慎重になりすぎてもダメなんです。
力が思うように入らなくなります。
そうするとまた蹴り飛ばされます。
これがウォームアップです。
子供の頃の私にとっては、恐怖空間でしかありませんでした。母は何故こんな場所に私を置いていくのかと思うほどに、道場に行くのが本当に嫌になりました。何度も仮病を使った事もあります。
泣いて行きたくないと訴えた事もあります。
ですがなんと中学まで続けます。
先生の愛情のおかげです。
本当に怖い先生でした。
目で人を殺すとはこの事だというほどの目つきの悪さ。
ビシッと髪型を固め、鋭い目つきで私たちの練習を見張るその姿は、獲物を狩るハンターです。
トイレに行きたいと言うのでさえ怖くて言えず、漏らしてしまう子もいるほどに、道場内の空気は緊張そのもの。
ですが、何度やってもうまくいかなかった型。どうやっても先生の言うとおりにできない蹴り。泣きたくなるほどに悔しくて、私が諦めかけても先生は絶対に諦めず、色々な方法で必死に私の体に教え込む先生。
励ましたりは絶対にしない先生なのですが、いろんな方法を模索し、試し、つきっきりで教えてくださり、やっと私が習得した時には涙目になって一緒に喜んでくれる先生でした。
生徒たちみんなにこの人について行きたい。
先生をもっと喜ばせたい。と思わせるような先生でした。
こんな恐ろしい先生ですが、練習が終わるとただの子煩悩なおじさんで、(スイッチが本当にわかりやすい)お盆やお正月にはオードブルを振る舞い、お小遣いだと言い全員にお年玉をくださり。「よく頑張ったな。家でとーちゃんとかーちゃんの手伝いするんだぞ」と一人一人に声をかけてくれて、試合の時には審判の仕事を投げてまで自分の生徒の試合を必ず近くで応援してくれ、結果賞をもらえなくても「よく頑張ったな。完璧だったぞ」と涙ぐんだ顔で肩をバシバシ叩いてくれる先生でした。
先生のおかげで私は黒帯まで到達する事ができました。
先生には「組み手をやらないか」と何度か誘われたのですが、その頃には中学生。
体つきも大人に近づいている私には、組み手どころか真っ白の道着を着る事も厳しくなりました。
高校受験も始まるとのこともあり、中学に入って道場を去ることになるのですが、先生とはその後も何度か交流があり、そのたびに「またやらないか」と誘われたものです。
私にとって先生の道場での空手はとても素晴らしい経験だったと思います。
当時は知らなかったのですが、その界隈では結構名の知れた先生だったそうで、先生自信の実力もですが師範としての腕もこれまた凄かったらしく、表彰式で先生の道場の名が出なかったことがないというほどだったそうです。
先生が怖すぎて、他の道場の先生を見ていいなと思ったことが何度かありました。
ですが先生の道場にいたからこそ、私の人生で初めての賞がもらえた。誰かに勝負で勝てた。運動音痴の私でもスポーツで勝てた。
この経験は先生無しでは得られなかったもの。
勝負にこだわらないのは私が最初から勝てないと思っていたから。でも私にも勝てるものがあると感じられた。
もちろん努力無しには得られない勝利ですが逆に努力すれば勝てるということを初めて実感した。
努力は報われる。それを教えてくれたのが先生でした。
空手で初めて敗北も知りました。負けたくないという強い気持ちも初めて経験しました。
先輩に勝った時の優越感はとても気持ちよかったし、逆に後輩に負けた時の屈辱は二度と味わいたくないと思うものでした。
私にとって空手は私に向上心や野心をもたらした良い経験だったと思います。
先生は今現在先生を引退しておりますが、先生との出会い、空手との出会いは私の人生の中で忘れられない思い出の一つです。
先生に投げられた日々は一生忘れないでしょう。
最後の最後に黒帯を手にした時の嬉しさは何にも変えられないものです。