「自分にしかできないこと」を見つけたいとき
自分は何の役にたてるのだろうか。
「自分にしかできないこと」をみつけたい。
そんなご相談を頂くことがあります。
でも、「自分にしかできないこと」は、実はすぐそこで、することができるものではと考えています。
無職のハゲアタマの戯言ではありますが、よろしければお付き合いくださいませ。
さて、いつものように脱線からスタートです。
この脱線も大切な伏線なのですが。たぶん。きっと。
毎朝、日の出前に瞑想をするのですが、時にお犬様も起き出して僕のハゲアタマをペロペロ舐めて「おはよう」しに来ます。
AI(ChatGPT)にその様子を「描いて」といったら、ものの数秒で出来上がったのか下記です。
う〜ん。
ちょっとマジメさがたりませんね。
イメージを変えましょう。
AIに「日の出前」というキーワードと「もっとシリアスに」と伝えてみたら、下記の絵が数秒で作られました
どうでしょうか😂。
どちらも現実とは程遠いですが、お伝えしたかったことは、いまやAIは、こんな絵を数秒で作ってしまえるということです。
AIの成長は凄まじく、絵だけではなく、作曲や小説を書くこともでき、悩みや相談のメールに対し共感力を持って的確な返事を書くこともしてくれます。
僕が時間をかけて書いた「相談メールへのお返事」よりも、AIが数秒で書いたお返事のほうが、良い内容ではと思うこともあります。
もはや、相談にお答えするハゲアタマはお役御免となりそうです😂🙏。
さて、そんな時代に「自分しかできないこと」なんて、あるんでしょうか。
ふと忘れがちになるのですが、「"世の中や社会で"、自分にしかできないことを」と考えた時の「世の中や社会」はどこにあるでしょうか。
「世界を変える」「世界に影響を及ぼす」なんて聞くと、カッコいいのですが、その「セカイ」とやらは、一体どこにあるのでしょうか。
実は、そこに、あるのではないでしょうか。
見回して頂いた、そこに。あなたの周りに。
少し話題が変わりますが、自分の師匠の佐々井秀嶺上人について。
佐々井上人は、約60年前に、言葉もままならない状態で単独インドに渡り、仏教を通して差別や貧困に苦しむ方に向き合い始めました。
そして、その当時、数十万人まで減少していたインドでの仏教徒が、今では1億5000万人にも増えております。とんでもない現象です。
また、当時の佐々井上人は、民衆から石を投げられたり、国外追放されそうにもなったのですが、やがて、インド首相から名前を授かり、インドの仏教界の代表を務める立場にも指名されました。
これも、すごいことだと思います。
ですが、佐々井上人は、そんな立場を目指していたワケではありません。
インドを変えてやろうとしたわけでもありません。
ただ目の前にいる、苦しむ一人ひとりに対して、仏法を説いて、生き方を導いてきた。
その連続の60年間の結果としてそのような立場が生まれたり、インドにおける「仏教の復興」という大きなことが結果として起きた。
90歳になったいまでも、それは続いています。
ただ、縁が起こり、目の前にいる人に力になっていく。
僕は、これが一つの答えなのでは、と思うのです。
世界を変える。何か大きなことをする。自分にしかできないことをする。
それを目指すのは立派な志です。
でも、それをするには、まず、「今ここで」自分の手が届くことに対し、何をなしていくかが大切ではないでしょうか。
そこから全てが始まるのではないでしょうか。
どれだけ「大きくインパクトのある」結果を起こした方でも、日々の「今ここ」の目の前のことに向き合ってきた積み重ねがあって、その姿にたどり着いたのではないでしょうか。
世界の野球界で大活躍する大谷翔平選手だって、日々、目の前にあるボールに向き合うことの連続で、今の姿があるはずです。
手の届かないボールは投げることも打つこともできません。
ノーベル平和賞を受賞したマザー・テレサさんも、ただ目の前の人を救うべく奉仕の毎日の積み重ねが、その結果に繋がったのでしょう。
とはいえ、自分はそんなすごい人間ではない。
だいそれた事を求めているわけではない・・・。
ただ、何か、ささやかでも「自分しかできない」ことがないだろうか・・・。
そんなふうに感じる時、僕が皆様にオススメさせて頂いてるのは「挨拶」や「掃除」です。
挨拶は、「おはようございます」「有難う」のような。声を出せなければ、会釈でも構いません。
今日、コンビニで商品を受取るその店員さんに「有難うございます」と伝えるのは、あなたにしかできないことかもしれません。
他の方だって「有難うございます」と言うかもしれませんが、その時、その状況で言えるのは、あなただけかもしれません。
トイレで清掃をしてくださっている方に「いつも有難うございます」と伝えるのは、ひょっとしたら、今日はあなただけかもしれません。
道でしゃがんでつらそうにしている方に、勇気をもって声をかけてあげられるのは、いまそこを通りかかったあなただけかもしれません。
道に落ちているそのゴミを、「気付いたけれど、まいっか」とスルーせずに、手を伸ばして拾えるのは、あなただけかもしれません。
今日、職場や学校で会った人に、気持ちよく「おはようございます」と伝えられるのも、そのタイミングではあなただけかもしれません。
そんな「小さな」ことでは、はたして意味がないでしょうか。
でも、どんな「大きな」ことでも、小さきことの積み重ねからしか生まれないのではないでしょうか。
目の前の、手の届くことにしっかりと向き合わずして、「社会」や「セカイ」というどこかの何かに役立つなんて、できるのでしょうか。
そんなふうに感じております。
そう考えると、実は「自分にしかできないこと」は、自分のまわりに日常でたくさんあるものではないかと思うのです。
そして、「あなたの人生」を生きることは「あなたにしかできない」ことではないでしょうか。
偉人のようなすごい人の人生を自分が生きることなどできやしない。
自分は自分の人生を生きることしかできない。
でも、それは「自分にしかできないこと」でもある。
できる、できないは、やってみないとワカラナイ。
まずは、目の前で、ふと気づいたことに、勇気をもって向き合ってみる。
いつも向き合っていることなら、より丁寧に、心をこめて向き合ってみる。
そんな積み重ねが、自分の周りの出来事にも影響が少しずつひろがり、気がつけば「大きい」と他人に評価していただけることになることもある。
そう、考えております。
まずは、今日、どこかで縁があって目にする何かに、自分ができる、誰かが喜びそうなことをためしてみる。
それこそが、あなたにしかできないことで、あなたの人生を変えていくキッカケかもしれません。
自分も、そのように言い聞かせ、気を付けて、今日も進ませて頂きたく存じます。
いつもお付き合いくださり、有難うございます。