35mm判写真機黎明期の"50mm f2"『Carl Zeiss Jena Sonnar 5cm f2』
巷で話題に上がる"標準レンズ"なスペックは大凡50mm f2あたりが多い。
銘玉と誉れ高い『Leitz Summicron 5cm f2』や、今やオールドレンズの定番であり、先に挙げたSummicronの始祖となった1933年に発売の『Leitz Summar 5cm f2』が代表だろうか。
ライカ vs コンタックスの覇権争いは今更語るまでもないが、ライカの『Summar 5cm f2』の開発は今回取り上げるレンズに対抗すべく設計されたと言われている。
1930年代、ライカとコンタックスで35mm判フィルムカメラの開発競争が激化していた時代。
コンタックスを生み出したツァイス・イコンはレンズ開発でライカにリードを取っていた。「より明るく、精細な画を結ぶレンズ」としてコンタックス1型が世に出る前の1929年に特許出願されていたレンズが『Sonnar 5cm f2』である。開発者はルートヴィヒ・ベルテレ博士。ハンス・ユルゲン・クッツ氏の教科書によると、コンタックスに適合するよう設計されたレンズらしい。
手計算で光学設計を行っていた時代のレンズであり、ゾナーの光線追跡計算は3200ページ(高さにして90cm!)に及び、3年を要したとされている。(ハンス・ユルゲン・クッツ著「コンタックスのすべて」 p.174 参照)
ISO25が高感度フィルムだった当時、f3.5のレンズが"明るい高級品"とされていた所に投入されたゾナーは、正に革新的なレンズだったに違いない。
ISO400やISO800のフィルムが簡単に手に入る今、(デジタル全盛の今こんな事を言うのも可笑しいが…)このレンズの明るさを本当の意味でありがたく思うことは少ない。
しかし、f2というスペックが齎す被写界深度の薄さは、被写体を立体的に写せそうな期待感を募らすに十分である。
ちなみにこのコンタックス用ゾナー5cm f2は、世代ごとに鏡胴の形にかなりのバリエーションが有る。絞りリングの位置や、銘板デザインの違いなど、細分化するとキリがない。
私が入手した個体は、最初期に製造された通称"スモールヘッド"と呼ばれる鏡胴がかなり小型なもの。真鍮に黒塗りされた外装と、贅沢にガラスが嵌め込まれた鏡胴は、その小ささに見合わずずっしりと重たい。
このレンズを入手した時、お店の方より「こんなのもありますよ」と出されたツァイス・イコン純正コンタックス用フードも止事無く持ち帰ってきた。
ノンコートレンズゆえ、逆光耐性の懸念があった。レンズの性能を引き出すためにも、大げさすぎるフードも使ってみたかったという好奇心である。
因みにこのフードは装着するとレンズの絞りにアクセスできなくなるため、基本絞りは決め打ち。露出はSSで合わせろという設計思想のようである。(一々フードを外すなど無粋なことはするなということか…!?)
ピント送りはコンタックス使いにはお馴染みの"右手中指のギア"で行えるので問題ない。
外爪バヨネットで固定されるフードなので、50mm内爪レンズ専用のアクセサリである。しかしまぁ、マニアックなアクセサリーだ…。
御岳渓谷から澤乃井までを歩き、紅葉と山の風景を試写してきた。
絞りはなるべく開けるよう心がけた。おそらくf5.6やf8のほうが性能を発揮するのだろうが、ものは試しである…。
想像通り、かなり光に敏感なレンズだ。フードがないと太陽光のもとでは少々心許ない。まともに写せない状況もありそうな気がする。
順光や、日陰で光量が程よい環境下なら、しっかりと像を結び、柔らかさを伴った優しい写りを楽しめる。f2開放付近でも破綻せず、使いづらさを感じさせない非常に優秀なレンズだ。
オールドレンズで"絞ればシャープ"は常套句であるが、このレンズは絞っても被写界深度が広がるばかりであまり描写の変化が見られない。開放から結構なパフォーマンスを見せてくれる故、フィルムのISO感度が低かった当時はありがたい性能だったのだろう。
こうしてみると、全体的にかなりソフトな写りだ。照らされているところが、逆に光を放っているかのように…。
ノンコートだからというよりもレンズ前玉の拭き傷や硝子表面劣化によるものだと感じる。このレンズも製造から90年以上が経過した、そろそろアンティークになる代物であり、年月に磨かれた優しさを持ち合わせているのかもしれない。
フィルム価格高騰&現像場所の減少で、フィルムを楽しむには随分とハードルが高くなってしまった。しかしこうして持ち出して撮影すると、デジタルでは体感できない面白さが満載である。
ゆくゆくはB/Wフィルムで自家現像も…と数ヶ月ほど前から思っているのだが、まだ着手出来ておらず。自家現像を来年の目標の一つとして、まだまだフィルムは楽しんでいきたい。
〜余談〜
最後の写真でわかりやすく確認できるが、コンタックス1型は縦構図(構えは右手を下)時でいう右端、横構図でいう上端が露光不足で暗くなってしまう。これはシャッターに起因するのではなく、フィルムのポジションが少しずれてしまうという設計的な問題があるからのようだ。(笑)
もしかするとコンタックス用パトローネを使えば、ベストポジションで撮影できるのかもしれない。今市販されているフィルムだと、一辺はパーフォレーションに少し像がはみ出し、一辺は暗く露光不足のように記録される。
こういう気づきも、古いカメラを扱う楽しさだろう…。
最後に…デジタルでの試写。
こちらはいずれも絞り開放。解像度は低いが、それを覆い隠すほどの雰囲気を持たせてくれるレンズだ。中々ここまで重々しく、古めかしく写せるレンズも少ないと思われる。このオールド感を使いこなすのは少々骨が折れそうだが、ぴったりはまった時は素晴らしい演出をかけてくれそうだ。