悪人なのか善人なのか判然としない描かれ方
初対面の人と手っ取り早く仲良くなる方法として「共通の知人の悪口」があるが、これは結構広く認知されている通説である。不平不満を吐露する時に人は切実になり、具体的なエピソードがいくつも出てくるものだ。それに対して逆説的に同じようなことを表しているのが「大切な人やものは失うまでそのありがたみに気付かない」という一般論である。どんな種類の恩恵もそれが継続していると慣れてしまうもので、常日頃から同じ人や事柄に感謝し続けるのは容易ではない。
そして言うまでもないが、善悪の判断をキッパリと白黒つけられるほど世の中は単純ではなく、何に対してどのような解釈をするのかは人によって千差万別である。特定のコミュニティ内では支持されている人気者も別のグループからは嫌われているかもしれないし、良かれと思ってやったことが全くのありがた迷惑になるかもしれない。ちょっとしたすれ違いや誤解が転じて「ごん、お前だったのか」という事態だって起こりうる。
Netflixに「マインドハンター」というドラマがある。FBIのエージェント達がシリアルキラーを研究して事件の真相に迫るクライムシリーズで、製作総指揮・監督はデヴィッド・フィンチャーが務めた。数年前に観たので少し記憶が不確かなのだけれど、たしかシーズン1の最後の方にある小学校校長のエピソードが印象的だった。
この校長は悪いことをした生徒達を校長室に呼び出しては個別の指導を行なっていた。頭ごなしに説教するのではなく諭すように対話してから靴下を脱がせてくすぐり、最後に硬貨を渡すのだ。この校長に対する評価は周囲で真っ二つに割れていた。生徒に対して変にベタベタする性犯罪者予備軍だという見方がある一方で、個人に寄り添った親密な指導で信頼と地位を確立してきた優秀な教育者だという見方もあった。この校長が悪人なのか善人なのか判然としない描かれ方が絶妙だった。それまでのエピソードでは凶悪なシリアルキラーなんかを散々取り扱っているので「最後にこれをもってくるのか」と感心した。(以下、ネタバレを含む)。
主人公はさまざまな捜査や葛藤の末に「黒」だと最終的に判断して、校長は職を追われることになる。彼は将来起こりうるかもしれない事件を未然に防ぐ行動を取ったわけだが、現時点ではまだ一線を超えていない人間に対し、自分がしたことが正しかったのかどうかに確信は持てない。そして、この校長の妻が後に主人公の元へと唐突に現れる。なぜ長年に渡って地域に貢献してきた夫の功績が全て失われなければならないのかと、その悲痛な想いを訴える。凶器を隠し持っているのを示唆するような描写があるが、たまたま第三者が現れたために結局は何も起こらずにことなきを得る。
僕の洋服のレパートリーはほとんど白か黒で、グレーの服は思いつく限りでは二着しか持っていない。汗が目立つからである。