【短編】17:12発
金木犀の香りがした。
久しぶりに外出したら夏はすっかりと終わっていて、半袖の薄いブラウス一枚では少し肌寒い。ハイウエストのデニムと履きなれたスニーカーを合わせた、簡単なコーディネートに身を包んだ。
Bluetoothに接続してあるイヤフォンを耳にねじ込む。流れてきたのはやけに切ない恋愛ソングばかりで───プレイリストを組んだのは私なのだけど───秋風も相まって何だかエモーショナルにさせた。
君は私のこと、どう思ってんのかなぁ。
私は君のことがこんなにも好きなのに、君は私に興味すらない、なんてことはよくある話だ。きっと私だけの話じゃない。だけど世界は広いのか狭いのか、もうどっちでもいいのだけど、周りは恋人たちの湿っぽさで充満している。
報われないし、仲間もいないし、孤独なのは自分だけなんじゃないかって、
君は都合良く扱ってくるよね、私のこと。本当、何だと思ってんだろう。馬鹿にしてるんでしょう?って、今度会ったら言ってやりたい。それから目の前で泣いて、お前のせいでこんなにも苦しいんだ!って、叫び散らしてやる。そうだ、そうしよう。
好きでいるのをやめてしまおうかと思っていた。最近は何となく忙しいのだけど、自分からあえて予定を埋めてみたら、君のことを考える濃度はだんだんと薄まってくれる。
まあ、それが嫌だったって話なんだけどね。
この気持ちを失うのは嫌だって、馬鹿みたいに苦しい、呼吸すらうまくできないくせに、本気でそう思ってしまったのだった。私はわざと君を忘れようなんてことはやめたし、むしろ積極的に考えている。
忙しいから本当に薄まってそのまま消えてくれそうなのだけど、
「くれそう」という言い回しをするほどには他人事だ。自分事だと思うには重たすぎるし、現に受け止めきれていない。それに、「消えてくれ」よりも「嫌だ」の方がデカかったって、そういうこと。
嗚呼、こんな恋愛やめた方がいいに決まっている。
自分が一番わかっていてやめられないのだから、それはほぼ、と言うか間違いなく依存だ。君がいないと生きていけないって言ったら、どんな顔をするだろう。そんなことないよって、笑う?
まさか、
私の言葉なんて届きすらしないじゃない。
ねぇ、わかってんの?こんなに苦しい思いしてんだよって。わからなきゃいけない義務はないけどさぁ、責任くらいあるんじゃん?好きにさせたならそれくらいは、ねぇ。
でもいつか、いつかきっと振り向いてくれるんじゃないか、そんな脆い期待だけで今日まで何とかやってきている。生きてる限り、不可能なんてないんじゃないの。いつか君がそう言ってたでしょう?
人生の中の無駄な時間だったと、思いたくないだけなのかもしれない。ある意味意地を張っているだけ、なのかも。
ある程度待ったけれどなかなか青にならないからって、結局信号無視をして渡る、みたいなことはしたくないのだ。青になるために待っていたのに、しびれを切らして渡ってしまったら待っていた時間は本当に無駄になってしまう。それなら何分でも待ってから渡ったほうが、待った時間は信号のためにちゃんと意味を持って費やされているから、無駄な時間にはならない。
君のことばっかり考えて眠れない夜を、数えたらキリがないんだよ。どの夜も全部無駄じゃなかったって、思わせて欲しいだけ。
まぁでも、
もういっか。
バスから降りると、ロータリーの周りには低木があって、そこにはやっぱり金木犀が咲いている。
この歳になって初恋だったのかもしれない、なんて、洒落た意味合い持たせないで。
純粋に、"好き"って理由だけで、もっと君を知りたい・感じたい、そう思っているのだけど、それってダメなことなのかな。同じことばかりが堂々巡りしている。好きにならなきゃよかった、と思えるほど私は強くない。報われないのがこんなにもキツいとは、思ってなかったんだよ。
前から吹いた風が、伸び切った黒髪を揺らした。
音楽はいつの間にか、君が教えてくれたバンドのヒットソングに変わっている。
ツンと抜けた鼻の奥、金木犀の香りがした。
おわり
この物語はフィクションです。
あとがき
忙しくしていたらお久しぶりの更新になってしまいました!
金木犀の花言葉に、"初恋"があるらしいです〜!
秋っぽい話になりましたね!たぶん!
◇
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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