海月美術館
………サンタさん?これが初対面の印象。白髭をたっぷり蓄え、手入れの行き届いた上品なスーツに身を包むおじいさんは、物腰が柔らかくて穏やかな雰囲気の人だった。
海月創作物美術館、と通称される美術館の、館長さま。
お友達が描いた海月の絵にひどく感銘を受けた館長さんは、その海月を描いたお友達と二人で相談し合い、最初はプレハブのような小さい二人だけの美術館をつくってスタートしたらしい。
おじいさんは初めてお友達の海月の絵を見て以来、海月(特に絵)の魅力にすっかり取り憑かれて、その友達の絵以外にも気に入ったものを集めようとなり、平面だけでなく立体物にも間口を広げ、ついには日本を飛び出して、世界中から沢山の海月達を集めるようになったのだとか。
展示室は中央の床が不規則にへこんでいて、そもそもその展示室自体の元々のつくりがジオラマ作品のように演出されていた(当然、その「ジオラマ」も綺麗で見応えがあった)。
最初は小さな二人だけの美術館が、幸運にも年々大きくなって、「今はご覧の通りだよ」と。
そのお友達は先に亡くなってしまったけれど、お友達が遺した絵とお友達の絵がキッカケで集まった絵の海月達が居るから、ちっとも淋しくないんだぁって、館内を歩きながら話してくれた。(聴きながら、職員さんも沢山いるし、なんなら忙しくて賑やかそうだと思っていた)
またその美術館は大きくなるらしく、もっと沢山の海月達が集まるようで。改修工事の知らせや物品を見かけた。
美術館を出た。
海月美術館の近くのショッピングセンターでは、とても久しぶりに会った絵描きの先輩に会った。
ちっとも歳を取っているようには見えなくて、金髪になっていた先輩にはお相手の方がいて、紹介して頂けた(なんだか先輩とは正反対な印象の人で、ちょっとびっくりした)。
会えていない間は、とにかく働いて働いて働いて、お金を必死で貯めて今はまた好きな事に思い切り使えているらしかった。 にっこり笑う先輩を見て、「良かったなぁ」と、つられて笑った。
少し話をしてから、お相手の人が思い出したように「ちょっと待ってて!」とどこかに走っていった。先輩が、そのお相手の人は虫と生き物が好きなんだよと教えてくれた。見せてくれたのは、彩り鮮やかな幼虫図鑑だった。
帰ってきたお相手の方が、「あげる!」と。
小さめのお弁当箱を頂いた。そうっと開けてみたら、透明で水っぽいブヨブヨした生き物が入っていた。アメーバみたいだと思った。少し模様もあったりして、せっかく頂いたのに、私はちょっとこわくて気持ち悪いと思ってしまった。
あれは、たぶん水に入っていない海月なんだと思う。
(最後まで、あの透明な生き物が何であるのか、お相手の方も先輩もはっきり教えてくれることはなかったけれど)
あんなに普段海月が好きなのに、適した環境に居ない海月はこんなにも不気味に感じるようになってしまうものなのかなあ、と切ない気持ちになった。淋しいような悲しいような。合わせて、そんな風に思ってしまったことを申し訳なくも思った。
お弁当箱の一匹は水がなくても泳げるようで、ぷよぷよ〜っとお弁当箱から抜け出して浮かんで、なんと空中を漂い出した。
それを改めてぼんやり眺めながら、「やっぱり水の中でひんやりゆらゆら泳いでいる海月を、水槽の透明な壁越しに見るのが私は好きなんだなぁ」としみじみ考えた。
お弁当には、まだ3匹くらい海月がいる。
「しっかり閉めてはいるけれど、鞄の中で蓋が外れちゃったら大惨事だなぁ」と、私は帰りの心配をしていた。