僕が歩む道、灯火となるために
自己紹介
はじめまして、MaRusyです。僕は大学二年生(20)で、ゲームプログラマーを目指して日々奮闘しています。このnoteでは、社会やSNSについて感じたこと、大好きなゲームの話、そして自分の中にあるさまざまな思いを自由に綴っていきたいと思っています。プログラミングを学ぶ中で直面する悩みや新しい発見を、皆さんと共有できたら嬉しいです。
最初の投稿では、僕が普段から感じているSNSの光と影、そしてそれに対する自分自身の考えについてお話ししたいと思います。
叩く行為の背後にある心理とは
最近、Twitterを眺めていると、ときどき胸が締めつけられるような気持ちになることがあります。何気ない指摘や軽い悪口が、いつの間にか連鎖し、波紋のように広がっていく。その中には、そういったツイートが多くの「いいね」や「リツイート」を獲得し、大きな影響を与えている様子を目にすることも少なくありません。一つの小さな声が次第に大きくなり、最終的には集団の力で1人の人間を追い詰めてしまう。この状況を見るたびに、相手が画面の向こう側で生きている「人間」であることを、なぜ忘れてしまうのだろうと考えさせられます。なぜ人は、他人を「叩く」行為にこんなにも簡単に便乗してしまうのでしょうか。集団の一部になることで安心したいのか。それとも、誰かを糾弾することで、自分の正しさを証明したいのか。そのエネルギーがもし、誰かを励ましたり支えたりするために使われたなら、どれほど素晴らしい世界になるだろうと思います。悪意の連鎖ではなく、優しさの連鎖が広がるような未来を信じたいです。
自分の足で歩き続けるということ
僕自身、プログラマーを目指す日々の中で、決して順調な道ばかりではありません。サボってしまうこともあれば、周りの優秀な人と比べて落ち込むこともあります。それでも、自分の意志を大切にしながら、自分の選んだ道を歩き続けたいと思っています。他人に流されるのではなく、自分の意志で行動する。その中で、自分の言葉や行動が誰かを傷つける刃ではなく、そっと心を温める小さな灯火になればと願っています。人は誰しも弱さを持っています。その弱さから、他人を否定してしまうこともあるかもしれません。でも、本当の強さとは、他人を理解し、尊重し、支えることだと思います。そして、僕たちには、誰かを傷つけるのではなく支える選択をする力があります。SNSに思ったことを書き込む前に、一度立ち止まって、それが本当に書くべき言葉なのかを考えてみてください。その選択が、世界を少しでも優しい場所に変えるきっかけになるのではないでしょうか。
このnoteを通して、そんな考えを少しずつ形にしていけたらと思います。