海野深一

東京都在住 / 1998年生 / シャルコーマリートゥース病 / 双極性障害 / 2024年3月に社会人を辞め、綴り始めました / KIRIN×note「#また乾杯しようコンテスト」審査員賞受賞

海野深一

東京都在住 / 1998年生 / シャルコーマリートゥース病 / 双極性障害 / 2024年3月に社会人を辞め、綴り始めました / KIRIN×note「#また乾杯しようコンテスト」審査員賞受賞

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最近の記事

命名「終わり」

何も知らないでいればよかった。何も言えない体だったらよかった。激しく笑っても壊れない体が良かった。小さくてもいいから夢をかなえられる人間でいることができればよかった。秋祭りに人知れず迷子になる、年末みたいな苦しさを持っている人間で居たかった。どっちつかずの鮮明な線を書いているこの時間で、迷いすらも願ったものになる。予期しない世界、予期しないエラー。すべて受け入れて進んで行く。 苦し紛れについた嘘。君が笑っていてほしかった。自分がよければそれでいいと思っていた。世界から認めら

    • 信号機、歯止め、赤い星。

      中心からだんだんとずれていく。ここではないどこかへ、行きたかったともいえるし、違う世界で今でも生きているとも語ることができる。会見で何を聞かれても、僕は何も答えるつもりはない。人の痛みなんて、きっとあってないものだから、僕は僕のために綴っている。結局は紙切れか。蔓延る隙間に僕たちの爪痕、つまりは芸術を刻んでいる。その同志を見ることが、一番幸せで、一番幸せで。老いて行く世間、死んでいく世界、でもきっと、僕が残したものは永遠に残るのだ。詩人が死んでも、詩が残るように。どっちでもな

      • 遊泳飛行、禁止。

        普遍的な言葉では終わらない、力強い何かがそこにはあった。真昼に眠る感情を少しずつ汲み取って、汚れを落とすように、何かを掴むように。簡単な毎日を繰り返しているだけなんだと、言ってしまえば簡単で、それでも抗いたいと願うことが、きっと人生というもので。 でもきっと僕たちは、遠くに見える光すらも追えないまま、人生を終えるんだろう。それは足元に咲いたいろいろな光の中をいい加減にあしらって、言わずと知れた連載漫画を写し取るだけなんだと。ここにいることが僕にできる最大限の抗いなんだと。誰

        • 芸術家は孤高という波に乗る。

          一人の時が在ること。孤独だと思っていること。それは、あなたが同世代で特異な存在であることを考えてほしい。孤独ではなくて、孤高だということを。 人間は、大きなものから見ている。大きなものに目線を取られて、幸せに気付くことができない夜がある。眠れないで、眠らないで考えることをしない日々がある。小さくても大きくてもいいから、言葉の中にはきっと希望が存在していることを忘れないでほしい。心の中には大きな膜があって、その膜に邪魔されて、人生が見えなくなってしまっていることに気づいてほし

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        • 2024年度創作大賞 応募作品
          1本
        • 過去受賞作品
          1本

        記事

          考えることから逃げない

          注意深く見るとは、何だろう。「自分が自分でいること」の意義を考えるとき、別の何かに囚われて、考えることを邪魔するのは、自分のせいなんだろうか。分からないままで終わりたくないと思い始めたのは、たった今からだと思う。言葉にすることは簡単だけど、言葉にすることで、「意味」と「自分」の関係性が終わってしまうことは悲しい。理解とはお金に似ている。一度払ってしまえば、なんとなくの満足感を得られて、その後の探求を止めてしまう。なんとなく自分で分かった気になって終わってしまう。 自分はそう

          考えることから逃げない

          ここじゃない世界に行きたかった。

          今日はなんだか、この文章を綴りたい気分だったので、過去を振り返りながらゆっくりと書き残していきたいと思います。今思えば、二十六歳になってから人生を振り返ることが少なかったように思います。ひたすらに人に会って、心休まるときもあまりなくて、なんだか自分を生きていないように感じています。 僕は生まれつき、シャルコーマリートゥース病という、指定難病を抱えながら生きています。末梢神経障害で、末端の感覚が鈍く、足のバランスが取れないです。多分に、日常生活を見る限り、九十歳のおじいちゃん

          ここじゃない世界に行きたかった。

          エッセイ「言うべきこと」

          最後の最後で幸せになればいいけど、ちょっとくらい人生の中で最高があってもいいんじゃないかと思う。神様はじれったい。明日が怖いと思いながらも、純粋な気持ちは色褪せない。今はもう見られないかもしれないが、笑いあった日々もあったんだ。嗚呼、もう泣かないでいいのかな。心の中で何かが壊れる音がする。負けてもいいからと人生が鼓動する。 この言葉が人生を救うなんて思っていないけど、それでも自分に何かできないかと考えている。この随筆を書くことぐらいしか自分はできないから、音楽を聴きながらこ

          エッセイ「言うべきこと」

          エッセイ「中心」

          幸せになりたいと願う気持ちに嘘はなくて、かといって、気が付いたら鼻歌を歌っている日ばかりでもない。校庭の桜の木の下で告白するぐらい、見つめている人生を歩んでいる日々。ずっとそのままずっと、何もなくなってしまえばいいじゃないか。この人生を生きている意味なんてなくて、真夏にかけて隆起する人生を歩みたいだけ。天気予報は外れ。それでも未だに町は落ち着かないような気がしている。 夕方。五時のチャイム。響いている。ぼんやりしている世界。僕らは人生を謳歌できているんだろうか。根源を愛し、

          エッセイ「中心」

          エッセイ「心なしか」

          四角い人生。丸い運命。しゃがれた声で煙を唄う。心から愛想を尽かしてしまえばいいというものに関しては、賛否両論だ。自分さがして三千里。心から言いたいことを言えない世界。幸せになればいいと思っている。自分はこうであると主張し続けなければいけない世界。綺麗に並んでいる一本道。心の中で加えている。優しさが正解かどうかなんて、分からないじゃないか。口の中で何かを感じても、人生なんていらないものばかりなんだから。体を蝕んでいても気づかないんだろう、世界。 海を飲み干して、心の中で叫んで

          エッセイ「心なしか」

          エッセイ「長夜」

          心の中で、あなたに逢うことができたらいいのに。自分が、自分がっていい加減に蜃気楼を纏う。消えない悲しみも、人生も。ずっとずっとこべりついている空気が気持ち悪くて、自分がこの枠から外れてしまうことが怖いんだ。誰もが人生を歩んでいる。心からいつでも、幸せになりたいと思っている。何度祈っても、何度誓っても、いつもうまくいかない。大げさでも何でもないけど、幸せって何なんだろう。 この星に何ができるんだろうと自分に問う。言葉足らずで何もできない。音楽も弾けないしスポーツも何もできない

          エッセイ「長夜」

          星綴り「人生ポップス」

          小さくてもいい、自分がそこに居ればそれでいい。大きく息を吸って、はいて。無理をしないでただ存在すればいい。そこら中に幸せをかき集めて、あなたが幸せになればそれでいい。そして、巡り巡って僕が幸せになればいい。そして、みんなが幸せになればいい。心の曲で奏でて、忘れることを許して、もう一度生きて、生きて。 伸びる影色。色とりどりの人生なんだから、吸い込まれるぐらいがちょうどいい。どこに行っても行き止まりで、そんなもの寂しいじゃないか。そしたら潜ればいい、そしたら飛べばいい。息を吸

          星綴り「人生ポップス」

          短編小説「わたげを風に乗せた」

          昨日で五十八歳になった。会社勤めは四十五歳の時に辞めた。早期退職者の募集の時だった。独身だったから、別に何も怖くなかった。もうこれ以上働く必要はないんだという安堵に、色んなことをやりたくなった。十年間ぐらい、東京の街を放浪しているおじさん。こんな人生、誰が真似したいんだと思うけど、自分が楽しいからいいんだ。 意外と感性は若いほうだと思っている。いわゆるイケおじとは程遠いが、カフェにもいくし映画だって見る。最近はドライもんの映画を見た。その時に買ったシャツを今日は着ている。

          短編小説「わたげを風に乗せた」

          エッセイ「珈琲店でレモネード」

          今日はなんだか出かけたい気分だった。朝から支度をして代々木まで行った。なんで代々木かというと、気になる本屋さんがあったからである。でも、開くのは11時。僕が代々木に着いたのは7時30分。8時から空いているカフェなんてあるのかと思いながら代々木を歩いた。東京の朝。この時間から暑い。汗だくになりながらも、最近手に入れた杖をどや顔で突きながら、爽快に歩く。 少し話し過ぎぐらいがちょうどいいときもある。はじめましての人に対しては。代々木公園駅から徒歩五分ぐらい、その珈琲店はあった。

          エッセイ「珈琲店でレモネード」

          エッセイ「拝啓中学一年生の自分へ、二十五歳になりました。生きてます。」

          横に広がる蛍光灯が天井を照らしている。病室のベッドから見える廊下は緑色をしていて、怖い。ずっとこのまま一人なんじゃないかと、ずっとこのまま夜が明けないんじゃないかと、そう思った。 側弯症で中学一年生の時に入院した。先天性だった。生まれつき背骨が曲がる歩き方をしていたらしい。小学六年生の卒業前に、手術が決まったときは愕然としたことを覚えている。小さいころから、とことん恵まれていなかった自分。 武蔵村山の病院に、側弯症の名医がいるらしいと、僕たちの家族はさいたま市から一時間半

          エッセイ「拝啓中学一年生の自分へ、二十五歳になりました。生きてます。」

          短編小説「ばばんちの太郎」

          太郎は、僕が生まれた時に騒々しいぐらい庭を走り回ったと、母が言っていた。 母が産婦人科から帰ってくるなり、早く見せろと言わんばかりに騒ぎ立てていたらしい。そんな太郎が死んでから、もうすぐ多分十数年が経とうとしている。 太郎は真っ白い犬だった。多分じじが名前を付けたんだろう。ばばんちは上福岡から車で三十分ぐらい、自分にとっては大きな家だった。じじはいつも庭の手入れをしていた。太郎の散歩を毎日欠かさない、元自衛官だった。ばばは、陽気で優しい人だった。心なしか愛が溢れすぎて、ち

          短編小説「ばばんちの太郎」

          短編小説「三杯目のハイボール」

          曖昧ぐらいが心地いいときがある。人生の中で出来ることが増えてきたころに、突然運命が捻じ曲がるときがある。いつの間にか僕たちは、警笛が鳴らされているにも関わらず気づかないで心のなかで、ちょっと気にするだけなんだ。 いつも通りの職場、いつも通りの天井。人材の会社で中途で働き始めてから四ヶ月が経った。最初の三ヶ月はちょっと慣れるまできつかった。それでも自分が広げてきた可能性を感じながらやりがいを持ってやってきたことは間違いない。実体験からでしか学べないことがあると、一社目の会社の

          短編小説「三杯目のハイボール」