
⑩ 橋のうえであたしは泣いた
1
ゆめの底を浚渫する機械はないかしら
痩せた男の夢
ゆめをみた
だんだんに忘れた
夢をみた朝
あたしはよそおうことをやめ
いじわるく詩の深みに沈潜し
マラルメを渉猟し
詩のことばをのみこみ
咀嚼する間もないほど性急に飢えをみたし
蚕に似て 繭をつむいでいった
ほどけば 長い糸になる 物語の繭を
男は痩せていた
あたしと男と
あるところから またべつのところへ
任務を帯びた日々
男の声その笑み
ふたり車と汽車で旅した
ながい時を経た親密さで 話し 歩いた
旅先のいきつけのバルでのむお茶の
カップは 空の金と海の青
刻まれた金泥の頭文字
湯気ごしに男はほほえみ うなずき
黒いノートに書きつける
あたしは めざめ 服を着替える
男とかかわっている事柄を
朝食のあいま メモしようと
ふと あのひとなぜいないのだろう
るすなんだっけと思う
それからおかしい と気づく
それぎりに ふっつりと
じぶんのいた場所がわからないようになった
2
ちぎれたゆめのきれはしをとらえ
しがみつこうとして
あたしは犬を外へ連れ出し
車に乗り ちかくの湧水公園へいった
白と黒のあたしの犬が 地面を嗅いで歩く
釣り舟草が咲いている
草のつゆに足を濡らしてあたしも歩く
あの痩せた男といた場所をさがして
高い木のしたで翳が踊る
やけにはっきりした光と影だ
ここも白と黒だ
光ばかりまぶしく照り映える
あたしは早い流れの上にかかる橋で
水にゆれる梅花藻に
ゆめの音をききとろうとする
さなきだにゆめ音はとおざかり
あたりいちめんの緑に
急に 水音がつよくなる
あたしの男
どこにもいない
ゆめのひとがいないこっちがわに
あたしだけ犬といて取り残される
探しまわって
だれかれなく胸元をゆすぶり
かきくどきたい
力なくあたしは欄干につかまっている
藻のようにふるえて
あのひともゆめのなかで
おろおろしているだろう
愛するひとをあとに残し
橋のうえで あたしは泣いた
橋のうえで あたしは泣いた
あたしは泣いた
おいおい泣いた
橋のうえから 涙を落として
涙は流れに落ちてった
ひとつぶ またひとつぶ
流れの中でたくさんの
白い花がひらいて水にゆれた
水はその上の空の白い月を映していた
ゆめ音は 青い空に浮かぶまひるの月だ
地球に不時着して
宇宙船をみすてなきゃならない
宇宙人の気持ちそれがいまのあたし
あたしはよそおうのをやめ
涙をあつめてお茶をのみ
マラルメにゆめを浚渫する
カップの色は空の青と海の金
金泥の頭文字がはいっている