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⑧ かかし

         さやさやと
       稲穂があたり一面黄金に なびくとき
      田園のまんなかで用なしになる
    それまで
     陽にさらされ
       雨に打たれ
         じっと地平線を見てきて

      ためいきのうちに いう

       わたしの弱みときに
         強みである稲穂
       それがこども
 
         親はみな かかし

       子どもはかかしを
         まもり
          いさめ 
           いざない
             歩み
            糺し
           ひきもどす

       それで
      ひとの道を歩いている
       そんな
         かかしなんです
          親ってものは

    ときに地を這わせられたり
     空をはばたいた気になったりもするんです
  ときに急峻な山に血を吐くようにして登りつづけ
         しらがだってふえたんです

      
       あの力
      未来という時間への
        血税をとりたてる税官吏

        麦わら帽をかぶっているが
          藁でできているんです
 
        でくのぼうの
         かかし

       逃げたり
         かくれたり
          できない地点にたって
           陽にさらされ
           雨に打たれて
          勝ち得るささやかな糧

         そのすべてを
           差しだすことなんか
             ごくごく あたりまえ
               にきまってるらしく

          で
            いらないっ  て
 
         言葉をなくすような
           決然とした無垢な
             Noをいいわたされる
              よし

      差しだすことができたから
        よし

       千回の
         Noに
          一万回のYesを
            返す

          それで よし

        受けて返し
          容量をうわまわる
            出力で

          放電しつづけて
         老いる
        かかし

       よし
      
        よし
         よし

         寝るときに
        よしよし と

       頭をなぜてくれた
     おかあさん
       今は歯のない
     おかあさん
     
    しわとくぼみに
       かつての美貌の片鱗もない
         老婆である
        あなた
      それはあなたがかかしとなり
     陽にさらされ
       雨に打たれて
         わたしをまもってくれたからです

       わたしはあなたの
         何をまもったでしょうか

     ときに地に這いつくばり
       大空をはばたき
      かけめぐる夢をそっと胸にたたみこみ
     立ちつくして
    おかあさんが
   ささやかでも必死で得た
  糧を
 差しだしたとき

いらないっ  て
 

  こばんだ
   はねつけた
     感謝しなかった

うけとるときは
    迷惑そうに
     これだけ?
      まるで足りないように
       ささいなもののように
        うけとった

    それが全部だったのに
      おおきくなるまえの
        わたし
      
     美貌とひきかえに
    母は老婆になり
     黄金の光射す田園に立ち
       陽にさらされ
      雨と夜露とかぜに打たれつづけ

     どんなに目をこらしても
       もうかすんで
        遠くなど見えはしない
       かかしの目なんです
     かあさん
    かあ かあ
       からすが啼いてる

      からすはともだち
     おまえの眼をつつきにくる

     かあ
       かあ

       くるみがあれば
      よかったのに
       おまえの眼は
         ブリキの缶の蓋
          ひかるおもちゃを
           こどもにあげよう

       ブリキの蓋も
        ひとつ 鴉にとられて
         片穴になった眼で
        遠くをみはるかす

       まだあるんでしょうか
      かけめぐる夢が

        夢の残りかすを
         つかんでよ
     かあさん
       かかし
        黄金の稲穂そよぐなかの
 
      かあ
      かあ
        かかし

     夢を千回となえて
    夢を一万回となえて

   かかしよ
     かかし

     夢がほんとうになるように

        夢がひとつもどれば
       あなたに薔薇色の
      頬がもどる
     町の男たちが残らず
      ふり返ったほどの
    あなたの
      美しさ
        きらきらと
         輝いたその瞳と

      罪ふかいまでの
       明眸
        魅惑的なしぐさと
          ふるまい
           よく笑う
          ふっくらとした唇
         威勢のよいはなしかたと
        張りのある
       うっとりさせる
      歌うたいの そのこえ
       それは ああ
      はたちのころの あなた
      美貌を生活の糧とひきかえにするまえの

        酒と
         ギャンブルと
            煙草の煙
            明日ない暮らしに

         夢をどこかへ置き忘れるまえの
            あなたが そこにいる

       せなかもぴんとのびて
         足ときたら モンローばりで
           あつらえたての
         幾何学プリントのシルクのドレス
            パーマの髪が風に揺れる

        微笑みと
         夢をひとつずつ
           あなたにかえそう
            そんなもの忘れた
            というあなたに
              ひとつずつの夢を

     ピアノを勉強したかった
      都会に出て暮らしたかった
     歌がうまく歌えるようになりたかった
       優しいひとといっしょになりたかった
      けんかもいさかいもなく過ごしたかった
           そのどれもかなわなかった
         あなたに
        ひとつずつ
       ささやかな夢をかえそう

      ときには
    はがきに花の絵を描いて送ったけど
      はがきもいらないといったあなた
        海辺のまちから魚を贈ったけど
   魚はかわいそうで食べられないといったあなた

        なにもいらないというあなたに
         声だけをとどけよう

         夢への想い
       かつてと違う夢を
      また手にできるように

       明日というひを
     また生きるために

     あなたが生きて
     それからいつか
      死ぬときのために
    
     あたしという
     かあさんという
       かかし

      よし  
       よしよし
  
     これまでは
     こうやって
        生きてきたんですから
  
     さみしいときは
       かあ 
       かあ
        かあさん といって

       ひとり
         たったひとり
           生きてゆくとき
        それも また よし

     でもねえ
    これからの
       未来という
舞踏会の切符を手に入れたんです

   これからは
    かがやくんです
 
        八十歳になろうとしていても
             九十までは凡人でも
           百で夢をつかむかもしれず

           それは
      みな 夢を見たうちのひとりだから
      おおぜいのなかで ひとり では
    もちこたえられない かかしだけれど

       それぞれの
      地平に立つかかし

     遠くを
       見ていて よし
 
      死のむこうがわ
         彼岸という岸辺
           今生という
              与えられた生の
むこうがわ
かかしのかかしの
かざあなです

           ブリキの蓋なら とっくに
             からすにくれてやったさ

          かかしの眼は
        いつもブリキの蓋とは
       かぎらない

        黄金の稲穂そよぐとき   
      夢みるかかし

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