
ソノコ【chapter58】
運命って。
前夜の、リョウとの一連の会話を思い出していると、握り絞る様に胃が痛む。ソノコはベッドの上、寝相を仰向けから横向きに変える。
洗濯を干している時からしくしく痛み始め、掃除機をかける頃にはしくしくはキリキリへ変わった。ソノコは掃除を中断し、ベッドに身体を横たえた。
頭痛や腹痛を訴えるとき、めまい、耳鳴り、眼精疲労。種類が異なる体調不良を、常、「寝てろ」のひと種類で済ませる仏頂面を浮かべ、ソノコは眉間に深いシワを寄せる。胃が痛む。リョウのテンプレートである「寝てろ」を聞くたび、病院で働く姿が全く思い描けない。とソノコは思う。
自分の興味がある話、「すごいわね」を求めてのささやかな自慢、観察眼の鋭さから得られる、一ミリも得を得られぬ細部の描写豊かなくだらない情報。それらをアウトプットするため、ソノコの後をついて回り、料理のためキッチンに立つソノコの横に立ち、相槌さえ与えず、よく喋る男。合間にソノコが何かしら疑問や小言を滑り込ませれば、途端声音を変え、重箱の隅をきっちりと埋め始める。
本人が端的に話しているつもりの話術を「上手いこと論点をすり替え煙に巻いているのでは」とソノコは思う。「心の真ん中にある大切なことは絶対、言わないくせに」
そして、会話中、耳の痛い内容は、聞こえないふりをする。その演技は堂に入ったもので、妙に毅然としており、
「本当に聞こえていないんだわ」
と、思ってしまうほどの一流の名演技で、目線といい、間の取り方といい、ソノコが的を得ず端的に伝えられなかったことを、恥じてしまうほどの一流の大根役者っぷりである。しかし、「本当に聞こえていないんだわ」と思った0、1秒後に「だまされてはいけない」と、ソノコの脳内で警告音が鳴る。
「あの演技に費やすエネルギーを他に使えばいいのに」
ソノコは苦々しく思う。
運命?バカなのかしら、前からバカだったのかしら。