ソノコ【chapter63】
兄弟揃ってフルーツに目がなく、タカシは桃や洋梨、マンゴーを好んで食べていたことを思い出す。
夏のある日、初めてスーパーで目にした、テニスボールサイズのワッサーを、櫛形に切って、夕食後に出したとき、熟れた黄桃と勘違いしたタカシは、リンゴかじったような小気味いい音をたて、
「なにこれ!固い!桃じゃないね!うまーい、甘いのに無茶苦茶さっぱりしてる!ソノコ食べた?食べてごらん、これまた買ってきて」
キッチンにいるソノコにワッサーの逐一を報告し、その大きな背中を思わず抱きしめたくなるほど無邪気に喜んでいた。
中でも特に、アメリカンチェリーは、買い物に行く度に催促されるほどの大好物だったことを、ソノコは、深紅の可愛いフォルムと共にフワリと思い出す。
初夏を知らせるそれを、スーパーのフルーツコーナーで、グラム数の一番大きいパックを探しては、かごに入れた。
夕食後、ガラスの器にピカピカ光るアメリカンチェリーを山盛りにしテーブルに出せば「ありがとう」と切れ間なく次々と口に運んでいた。
「俺ね、どれが甘いか見た目だけで分かるようになったよ」
濃い紫色の粒を見つめ、口に入れ
「当たり」
と、子供のように一人満足そうに笑っていた。
チェリーを頬張ったあとに求められるキスは、タカシの頬の匂いと、「甘い?」と囁く声と、チェリーの味が丁度良く混ざり、メロウで贅沢で、とても美味しかったことを、ソノコは思い出す。
初夏のアメリカンチェリーの消費量があまりにも多く、山になった茎と種を眺めていたタカシはある日、
「俺、植えてみる」
と、翌日、とても爽やかなブルーの小ぶりな植木鉢と、土を買ってきて、種を埋めていた。定期的に水をやり、朝、出勤時間直前、腕時計を着けながら背中を丸め、ダイニングテーブルの隅に置かれた植木鉢を、真剣な眼差しで見つめていたタカシの、白髪の短髪を思い出す。
海のような色のブルーの植木鉢に、濃い紫色はきっと、さぞかし美しく映えるだろうと想像したけれど、あの夏、タカシのアメリカンチェリーは土のまま、芽を出さなかった。
思い出すという行為が罪になるなら、私は一生牢屋から出られない。とソノコは思う。フルーツひとつだけで、ビビッドな思い出が幾つも摘める。