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いつも、全部おいしかった。【chapter66】





一度、ソノコを連れてきたとき、ビーフステーキを喜んで食べていた。ガーリックが強く効いたトロリとしたソースを、最高だと褒め、

「ウサギ並みだな、どうりでお前は顔の面積の割に耳がでかい」

というリョウの茶化しを聞き流し、クレソンのサラダをおかわりしていた。櫛切りのオレンジとミントが浮かぶアイスコーヒーを「濃くて美味しい」と、薄暗い照明の下でブルーハーツに包まれ、健やかに笑っていた。

リョウは、もうここ何年、一切のアルコールを口にしていない。帰りの運転に支障はないのだし、熱々のステーキとアイスコーヒーの組み合わせで、幸せそうに頬を膨らませている姿が妙に切なく、スパイシーなものを好むソノコにヒューガルデンを勧めたが、「いらない」と軽く受け流し頑なに、最後までアイスコーヒーを飲んでいた。

タカシといたころ、顔色を変えず旨そうにビールを飲んでいたソノコを、リョウは思い出す。

いける口で、酒が強いタカシに対等に、付き合っていた。

酔うと、何がそんなに楽しいのかと首をかしげたくなるほどよく笑い、お喋りに拍車がかかり、男同士のようにタカシの肩に腕を回す。

タカシへの愛を語り、リョウの魅力を語り、兄弟の尊さを語り、三人で過ごす時間をいかに愛しているか、涙を浮かべ語っていた。そして、

「私、今が一番幸せ」

泣き笑いで、必ず結んだ。

「お前を見てるだけでこっちが酔っぱらう」

と、顔をしかめ吐き捨てる度、心の内だけで呟いた「ミー・トゥー」。ソノコの「私、今が一番幸せ」。それを聞く度、リョウは胸がつまった。「ソノコのそばにいるだけで幸せになる」という、とてもシンプルで大切な気持ちを「俺達はもはや家族だからだ」に変換し誤魔化そうとしたけれど、自分よりも自分のことを知るタカシを誤魔化すことは結局、できなかった。

相槌の一級免許をもつタカシはソノコの語りに「うん」と「そうだね」と「ありがとう、俺も」を繰り返し、世界一愛する彼女の泥酔ぷりに冷え冷えと酔いを冷ましては、

「ソノコ、今日はお風呂入っちゃダメだよ」

と、酔っぱらいを相手に、真剣に世話を焼き頬を撫でていた。

「溺れちゃうからね」

「いっそ溺れて酔いを冷ませ」

「私、小学生のときね、潜水で深く潜りすぎてプールの底に頭ぶつけたのよ。すっごい痛いのよ、キラキラの火花が飛んだわ。それで、そのあとプールから出たら鼻血が出たの。なんでかしら」

いつも、全部幸せだった。


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